アントゥ
アントゥム · Antu · Antum
天空神アヌの名の女性形をもち、その妻とされたメソポタミアの女神。長く目立たない存在だったが、アケメネス朝からセレウコス朝のウルクでアヌとともに都市の主神に引き上げられた。
解説
概要
アントゥ(Antu, Antum)は、天空神アヌの妻とされたメソポタミアの女神である。名はアヌの名からアッカド語で作られた女性形で、彼女はアヌの女性の対にあたる。前3千年紀から名が見えるものの、長く目立った崇拝を受けることはなく、P-A・ボーリューはその位置を「重要でなく捉えどころがない」と評した。状況が変わるのは前5世紀以降のウルクで、アケメネス朝からセレウコス朝にかけて、彼女はアヌとともに都市の主神へと引き上げられた。
アヌを表す字 AN は、神名であると同時に「天」「神」を表す普通名詞でもあった。アヌとアントゥを同一視する例も知られ、これを AN の字がアントゥを表しえた証とみる説と、天を両性を具えた存在として思い描く考えがあった可能性を指摘する説がある。
神話・物語
『ギルガメシュ叙事詩』標準版の第六書板で、イシュタルが天の牡牛を求める場面では、アヌとアントゥが彼女の父母として呼ばれる。ただしボーリューが指摘するように、イシュタルをシン(ナンナ)とニンガルの娘とする伝えのほうがはるかに広かった。ヴァルター・ブルケルトは、『イーリアス』でアプロディーテーの母とされるディオーネーの名が、ゼウスの女性形という点でアントゥをなぞったものではないかと考えたが、アンドルー・ジョージは直接の影響を確かめることはできないとして慎重な立場をとる。
悪霊ラマシュトゥを退ける呪文では、アヌとアントゥが彼女を天から投げ落とし、地上に聖所をもつことを許さなかったと語られる。ラマシュトゥは二神の娘と明言されている。アヌはアサグや七柱の悪霊シビッティなど多くの悪霊の父とされ、アッシリアの解説文書がティアマトを「アヌに死者への供物を捧げるアントゥム」と説くのも、悪霊の父の妻を悪霊の母とみなす連想からだとW・G・ランバートは考えた。
『エヌマ・エリシュ』に彼女は登場せず、エアの親はアヌひとりとされている。
図像と象徴
アントゥの姿を表した作例は同定されていない。少数の資料、たとえばアン=アヌム神名表は彼女を神格化された大地とし、古バビロニア期の語彙表は大地の女神ウラシュと等置する。雨を降らせる天と雨を受ける地という対のなかで、彼女は地の側を担ったともみられ、トーキル・ヤコブセンは雨が雲にたとえられた彼女の乳房から降るという観念を想定した。ただし彼女を大地とする理解は一般的ではない。
セレウコス朝のウルクの天文文書では、アヌとアントゥは「天の大いなるアヌとアントゥ」と呼ばれる一対の周極星と結びつけられ、エリカ・ライナーは「大いなるアントゥ」を大熊座の一つの星とみている。星とアントゥを結ぶ資料はこの時代のウルクに限られる。
系譜と関係
夫はアヌ。アヌの配偶とされるキやウラシュと同一視されることもあったが、つねに同じ神とされたわけではない。アン=アヌム神名表は、アヌとアントゥを原初の対であるアンシャルとキシャルにも等置している。子としてはラマシュトゥのほか、叙事詩のイシュタル、一部のアッカド語文献のニンリルが挙がる。
フルリの宗教では、アヌ、エンリル、ニンリルらとともに原初の神々の一柱とされ、アヌ、アパントゥと三柱一組をなした。ウガリットで作られた三言語の神名表では、フルリ語の欄に「アニの妻」を意味する造語が当てられており、実在の女神を反映したものではない。
文化的足跡
ウルクでの地位の上昇は、前484年の反乱の失敗とクセルクセス1世の報復ののち、新たな神官家が台頭したことと結びついている。アヌとアントゥのために新しい神殿ビート・レーシュ(「首位の神殿」)が建てられ、彼女の神室はエガシャンアンナ(「天の女主の家」)と呼ばれた。エアンナが都市の主神殿でなくなったのはウルクの歴史で初めてのことで、旧来の守護女神イシュタルの地位は下がり、金星の化身ニンシアンナがアントゥの添え名として扱われるなど、その属性の一部はアントゥに移った。
ウェステンホルツは、ウルクの神学者たちがこの一対を事実上ひとつの神の現れとして扱ったと論じる。新年祭ではアントゥの行列が営まれ、「アヌとアントゥの命により守られんことを」という定型句は学術文書や法律文書、とりわけ婚姻の契約に記された。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。