ディオーネー
ディオネ · ディオーナイエー · ディウヤ
「女ゼウス」を意味する名を持つギリシアの神託の女神。ホメーロスはアプロディーテーの母とするが、ヘーシオドスはこれを採らない。ドードーナでゼウスとともに祀られた。
解説
概要
ディオーネー(Διώνη、「女ゼウス」)は、ギリシアの宗教と神話における神託の女神にしてティーターンである。
主として『イーリアス』第5巻によって知られる。そこでは、娘アプロディーテーが負った傷を介抱する。
系譜は二通りある。オーケアノスとテーテュースの娘であるオーケアニスの一柱とする伝えと、ガイアとウーラノスの娘であり十三番目のティーターンとする伝えである。
神話・物語
名そのものが、この女神の位置を語っている。ディオーネー(Διώνη、より古い形は *Διϝωνᾱ)は、ギリシア語ゼウス(Ζεύς)の属格ディオス(Διός、より古くは Διϝός、「ゼウスの」)の女性形にあたる。「ゼウスの女性形」という名を持つ女神である。娘であるがゆえに、アプロディーテーはディオーナイエー、さらにはディオーネーと呼ばれることもあった。
ホメーロスによれば、ディオーネーはオリュンポスに住まう女神であり、ゼウスとのあいだにアプロディーテーを産んだ。ゼウスとの関係やアプロディーテー誕生の経緯は語られず、彼女自身の系譜への言及もない。
数世紀を隔てて、神話記述者アポロドーロスはディオーネーを十三番目のティーターンとし、ガイアとウーラノスの子とした。同時に、ネーレウスとドーリスの娘であるネーレーイスのディオーネーにも言及している。アポロドーロスもディオーネーをゼウスによるアプロディーテーの母とするが、彼女を先妻ではなく不義の相手として明確に描く。
ヘーシオドスは『神統記』のティーターンの一覧にディオーネーを含めず、アプロディーテーの母ともしない。彼の記述では、アプロディーテーはクロノスに切り落とされて海に落ちたウーラノスの陰部から生まれる。ただし三千のオーケアニスの一覧には、ディオーネーの名を挙げている。
『イーリアス』第5巻の場面はこうである。トロイア戦争の最後の年、アプロディーテーはギリシアの英雄ディオメーデースの猛攻から子アイネイアースを救おうとして、その手に傷を負う。オリュンポスへ逃げ戻った娘を、母ディオーネーが抱いて慰め、神々もまた人の手にかかって苦しんだ先例を語って聞かせる。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ロシャーの『ギリシア・ローマ神話事典』(1884〜90年)に載る図版で、ディオーネーとゼウスを描く。
固有の図像はほとんど伝わらない。この女神を規定するのは、姿ではなく名と場所である。
祭祀の場はエーペイロスのドードーナであった。ギリシア最古の神託所とされる地であり、そこでゼウスと並んで祀られた。オリュンポスの主神の配偶者がヘーラーである体系のなかで、ドードーナだけはディオーネーがその座にある。地方の祭祀が汎ギリシア的な神話体系に完全には吸収されなかった痕跡と読まれている。
1950年代にヴェントリスとチャドウィックが線文字Bを解読した結果、ディ・ウ・ヤ(Di-u-ja)という名の女神が粘土板に見出された。ゼウスの女性形と考えられ、ディオーネーと同定する研究者もいる。もしそうであれば、この女神はミュケーナイ時代まで遡ることになる。
系譜と関係
娘はアプロディーテー。系譜はオーケアニス説とティーターン説に分かれる。ヒュギーヌス『ファブラエ』はテッラ(大地)とアイテールの子の一覧に挙げる。
5世紀の文法学者アレクサンドリアのヘーシュキオスは、この女神をディオニューソスの母とした。通常はセメレーの子とされる神である。ピンダロスの古注の一つもこれを支持する。
文化的足跡
土星の衛星ディオネは、1684年にジョヴァンニ・カッシーニが発見し、この名を与えられた。
アプロディーテーの誕生をめぐって、ギリシアには二つの説がある。ウーラノスの陰部から海に生まれたとするヘーシオドス版と、ゼウスとディオーネーの娘とするホメーロス版である。前者が広く知られる一方、後者はほとんど語られない。ディオーネーという女神が忘れられたのは、この二説の勝敗の結果でもある。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。