ア・プチ
アフ・プチ|キシン|シシン|ユム・キミル|フンハウ|ワクミトゥン・アハウ|神A|Ah Puch|Cizin|Kisin|Yum Kimil|Hunhau
マヤ神話の死神。肉の落ちた髑髏と膨れた腹をもつ姿で表され、死者の国ミトナルを統べる。もっとも「ア・プチ」という名自体は、マヤ語の記録に確かな裏づけを欠く。
解説
概要
ア・プチ(Ah Puch)は、マヤの死神を指して広く用いられる名である。シェルハス分類では神Aにあたり、後古典期の絵文書にもっとも頻繁に現れる超自然的存在の一つである。マヤ神話において死は世界の秩序を成す一要素であり、この神は悪の権化ではなく、腐敗と再生をつかさどる働きとして位置づけられる。
ただし「ア・プチ」がマヤ語の本来の神名であったかは疑わしい。この形は『チラム・バラムの書』チュマイェル写本の冒頭に北方の支配者として一度現れるにすぎず、ポポル・ヴフではシバルバーの従者の一人がアハル・プフ(Ahal Puh)と呼ばれる。死神の代表名としてこの語を定着させたのは、近代の概説書である。
神話・物語
16世紀のユカタンについてディエゴ・デ・ランダの『ユカタン事物記』が伝えるのは、下の世界と「悪魔たちの長」をフンハウ(Hunhau)と呼び、別にワクミトゥン・アハウ(Uacmitun Ahau)という一柱を挙げる二神の構成である。図像研究はこれらをそれぞれ神A・神A'(エー・プライム)に当てている。死者の国はミトナルと呼ばれた。
キチェ・マヤの『ポポル・ヴフ』では、シバルバーを統べるのはフン・カメ(一の死)とウクブ・カメ(七の死)の二柱である。彼らは病をもたらす下位の神々を従え、地下の球戯場で英雄双子に敗れて、以後は祭祀を制限される。ユカタンの死神とは名も物語も異なるが、死を二柱一組で立てる点は共通する。
ラカンドンの口承では、死神はキシン(Kisin)と呼ばれる。最高神の対極に立ち、世界と人体の創造そのものに関わる存在であり、地の柱を蹴って地震を起こすのもこの神である。死者の魂を火にかけ、訴えれば冷水を浴びせ、また火にかけて、ついには消え失せさせるという。近い時代の伝承ほど死神は一柱に集約され、しかもキリスト教の悪魔の輪郭を帯びていく。
図像と象徴
神Aの造形は驚くほど一貫している。頭は肉の落ちた髑髏、背には椎骨が浮き、四肢は干からび、腹だけが腐敗のガスで膨らむ。皮膚に散る黒い斑点は、死後に生じる変色を写したものと解される。首には「死の襟飾り」——神経の索で吊るした眼球を連ねた首輪——を掛け、手首と足首には鈴を結ぶ。鈴は絵文書に繰り返し現れ、この神の接近を音で告げる標識となっている。不吉の鳥とされるモアン鳥(フクロウの類)を伴うこともある。
土器画では、踊る姿が好んで描かれる。煙草をくゆらせ、腰を振る姿は滑稽ですらある。死を静止した終点としてではなく、腐敗と変化の過程として捉える感覚が、この造形には一貫している。腐りゆく身体を写実的に観察し、記号に翻案している点で、西洋中世末の骸骨の死神とは出発点が違う。
文字と数の体系にも組み込まれる。神Aの髑髏は「死」を意味する日キミ(Kimi、キチェ語ではカメ)の記号であり、また数字の十を表す。十三から十九までの数字には、その下顎骨が添えられる。月の運行を記す表にも神Aが現れ、三日月とともに描かれる例があることから、月と結びつく相を想定する説もある。
立体作品としては、パリのケ・ブランリ美術館が所蔵する石灰岩の柱像(9〜12世紀、ユカタン北西部のプウク様式)が知られる。骸骨の姿で、眼を連ねた冠と腰布、足首の飾りを身につける。建築の柱そのものが死神の像であったことを示す作例である。
系譜と関係
ラカンドンの伝承では、キシンは最高神ノホチャクユムやバカブ神と兄弟の関係に置かれる。天空神イツァムナーと対立する悪神とする図式も日本語の文献にはしばしば見られるが、これは善悪二元論を通した後世の整理であり、先スペイン期の神観をそのまま伝えるものではない。
シバルバーに属する眷属としては、コウモリの神カマソッツをはじめとする死の使いたちが数えられる。マヤの死神は単独で君臨するのではなく、病や飢えや恐怖を分担する多数の存在を従える点に特徴がある。
アステカのミクトランテクートリと重ねて語られることが多い。骸骨の姿、地下の国の主という点で対応はよく、メソアメリカ全域に共通する死の図像圏に属することも確かである。しかし両者は言語も伝承も別系統であり、対応は機能の一致であって歴史的な同一視ではない。
縊死者を導くとされたイシュタムとは、行き先の異なる魂を扱う対の関係に置かれる。もっともこの対比はランダの二分法に依拠しており、その二分法自体がキリスト教の枠組みを反映している。
文化的足跡
ア・プチの名は、現代の小説・ゲーム・アニメーションにマヤの死神として繰り返し登場する。皮肉なことに、この浸透ぶりこそが、名の由来を確かめる作業をいっそう難しくしている。マヤ研究において神Aの図像は堅固に確立されているが、その神を何と呼ぶべきかは、いまだ開かれた問いである。