イシュタム
イシュ・タブ|イシュタブ|縄の女|Ix Tab|Ixtab
16世紀のユカタンで縄と縊死に結びつけて記録されたマヤの女神。典拠はランダの一節のみで、近年は「自殺の女神」という像そのものが近代の産物だとする批判が有力である。
解説
概要
イシュタム(Ix Tab、「縄の女」の意)は、16世紀のユカタン半島で記録されたマヤ神話の女神である。日本語圏では「自殺を司る女神」「縊死者を楽園へ導く女神」として紹介されることが多い。
しかし、この理解を支える史料は、フランシスコ会士ディエゴ・デ・ランダの『ユカタン事物記』にあるごく短い一節しかない。21世紀に入って、そこから膨らんだ女神像は近代の学問が作り上げたものだとする批判が有力になっている。以下では、何が記録されているのかをまず確認し、次にその記録がどう育ったのかを追う。
神話・物語
ランダはまず、ユカタンの人々が死後の世界を二分して考えていたと記す。善き者は苦しみのない土地へ行き、豊かな食と飲み物を得て、ヤシュチェ(yaxche)と呼ぶ木——セイバ——の涼しい木陰で永遠に憩う。悪しき者はミトナルと呼ぶ下の場所へ落ちて責め苦を受ける。
この二分法そのものに、早くから疑いが向けられている。天国と地獄、善人と悪人という枠組みはキリスト教の死後観の輪郭そのものであり、ランダがユカタンの伝承をその型に流し込んだ可能性が高い(トッツァー版註)。
イシュタムの名が現れるのは、この記述に続く箇所である。ランダは、縊れて死んだ者もその安楽の地へ行くと信じられていたこと、それゆえ軽い悲しみや病を理由に自ら縊れる者が少なくなかったこと、そして「絞首台の女神」と呼ばれるイシュ・タブがその者たちを導いたことを記す。史料上のイシュタムは、これで全部である。
ほかには、『チラム・バラムの書』ティシミン写本と、暦を扱うペレス絵文書に、混乱と苦難と縊死を語る文脈のなかで一句だけ名が見える。この句は「彼らはイシュ・タブをその手から吊した」とも「イシュ・タブが彼らをその手から吊した」とも読め、主語すら定まらない。ここから神格の性質を再構成することはできない。
図像と象徴
イシュタムを描いたと確実に言える図像は、一点も存在しない。
慣例として引かれるのはドレスデン絵文書第53葉の一図で、天の帯から縄で吊り下げられた女性が描かれている。この図をイシュタムとする同定は19世紀以来くり返されてきたが、根拠が示されたことはない。しかも当該箇所は日食・月食を扱う表のなかにある。J・E・S・トンプソンは『ドレスデン絵文書註解』(1972年)で、この図は月食と、それが女性や胎児にもたらすとされた害を表すとみるほうが自然だと論じた。月食が妊婦に害を及ぼすという観念はメソアメリカに広く分布する。
2016年、ベアトリス・レイエス=フォスターとレイチェル・カンガスは、美術データベースと4,400ページを超える刊行図版を通覧し、自殺を司る神格を示す図像は一つも見いだせなかったと報告した(『エスノヒストリー』63巻1号)。首に縄をかけた人物の図は二例あるのみで、いずれも自殺の場面ではない。
両者はさらに、Ix Tab の tab が「縄」を意味することから、この女神をもともと罠猟の女神——縄罠で獲物を吊り上げる猟を司る神——とみる読み替えを提案した。ランダ自身、罠と関わるとみられる狩猟神アフ・タバイ(「罠にかける者」「惑わす者」)に触れており、ドレスデン・マドリード両絵文書には縄罠に吊られた獣の図が残る。この読みに立てば、第53葉の女性の首にかかる縄は、絞首の縄ではなく縄罠ということになる。
本項に主画像を置いていないのは、この事情による。唯一の候補である図の同定が学説上定まっていない以上、記事の先頭に掲げるべき像はない。
系譜と関係
親・配偶者・子を伝える史料はない。マヤの女神としては例外的に、系譜がまったく空白である。
職能の上では魂の導き手の一例として扱われてきたが、その位置づけ自体がランダの一節に依存している。死者の国ミトナルを統べるア・プチとは、行き先の異なる魂を扱う点で対をなす——ただしこの対比もまた、ランダの二分法の上に成り立っている。
名の上でつながるのが、現代ユカタンの民間伝承に現れるシュタバイ(Xtabay)である。セイバの木に宿り、男を誘い込んで破滅させるとされる森の女怪で、レイエス=フォスターらは、罠猟の女神という読み替えがこの伝承への連続性をよく説明すると考える。もっともシュタバイの物語も、20世紀の作家アントニオ・メディス・ボリオらの文学を通じて今の形に整えられた面がある。
文化的足跡
ユカタン州の自殺率は、メキシコ全体のおよそ二倍にのぼる。レイエス=フォスターらの研究の出発点は、この現実を前に、地元の報道が「イシュタム信仰」を持ち出して自殺を先住民に固有の問題として語る言説であった。学術的な裏づけを欠く神格像が、現に生きる人々を説明し、異国的に染め上げる道具として機能している。彼女たちが論文に「解きほぐす(unravel)」の語を掲げた理由はそこにある。
日本語圏では、幻想文学系の事典やゲームを通じて「自殺の女神」の像が広く流通している。原典に立ち返って確実に言えるのは、16世紀のユカタンに Ix Tab という名の女神がいたと一人の司教が書き残した、ということだけである。そこから先に積み上がったものの大半は、この女神ではなく、彼女を語ってきた側の歴史に属する。