シギュン
シギュン · シギン · Sigyn
ロキの妻。縛られた夫の顔に滴る蛇の毒を、桶を掲げて受け止め続ける。桶を空けに離れるあいだに毒が落ち、夫が身悶えして地震が起こるという。
解説
概要
シギュン(Sigyn)は、北欧神話の女神。名は古ノルド語の sigr(勝利)と vina(女の友)から「勝利の女友」と解される。ロキの妻であり、伝わる場面はほぼ一つ——縛められた夫のかたわらで、滴る毒を桶に受け続ける姿だけである。
『詩語法』はこの女神をアーシュニュルに数える。9世紀のスカルド詩『ハウストロング』にすでに名が見えることから、異教期に遡る古い神格だと考えられている。
神話・物語
『巫女の予言』第35節。巫女はオーディンに、縛られた夫のかたわらに、ひどく喜びのない様子で坐るシギュンが見えると告げる。場所は「熱い泉の森」である。
情景を具体的に語るのは『ロキの口論』の散文の結びと『ギュルヴィたぶらかし』第50章である。バルドルの死の責を負ったロキは、神々に捕らえられた。ロキの子ヴァーリは狼に変えられ、兄弟ナリ(ナルヴィとも)を引き裂く。その腸でロキは三つの岩に縛られ、腸は鉄に変わった。スカジは毒蛇をロキの顔の上に据えた。
シギュンは夫のかたわらに坐り、洗桶を掲げて滴る毒を受ける。桶が満ちると捨てに行かねばならず、そのあいだ毒はロキの顔に落ちる。ロキは激痛に身悶えし、それが地震になるという。この繰り返しが、ロキが縛めを解いてラグナロクが始まるまで続く。
『ロキの口論』の本文でも、この女神は一度だけ言及される。神々を次々に罵倒していくロキに向かって、シギュンは何も言わない。詩全体を通じてロキと言葉を交わさない、数少ない登場人物である。
図像と象徴
イングランド・カンブリアのゴスフォース十字架(11世紀半ば)の西面下部に、長い髪の女が跪いて何かを掲げ、その下に人物が横たわる図がある。左上には結ばれた蛇。縛られたロキを介抱するシギュンと解釈されるのが通例である。異教期に遡る唯一の候補であり、キリスト教の記念物にこの場面が刻まれていることになる(ゴスフォース十字架)。
本サイトが掲げるのは、モーテン・エスキル・ヴィンゲの《ロキとシギュン》(1863年、ストックホルム国立美術館蔵)である。鎖につながれ、身をよじる裸体の男の上へ、白い衣の女が両腕を伸ばして器を差し出す。頭上には岩から垂れ下がる蛇。画面の力は下方の男に集中しているのに、構図の頂点にあるのは女の掲げた器である。この画題を扱った近代絵画は例外なく、この「掲げる腕」を中心に据える。
『詩語法』が挙げるロキのケニングも、同じところを見ている。「シギュンの夫」、そして「呪縛の枷(シギュン)の腕の荷」——縛られて妻の腕に抱えられる者、という意味である。『ハウストロング』にも「シギュンの腕の荷」の句がある。夫のほうが、妻の身振りによって名指される。
象徴として言えるのは、この女神が体現するのが忠節であり、同時にその限界だという点である。罰を止めることはできない。和らげることしかできず、しかもその救いには必ず切れ目が入る。地震は、その切れ目が地上に届いたものである。
系譜と関係
夫はロキ。子はナリ(ナルヴィとも)と、ヴァーリと呼ばれる者である。ただし『ギュルヴィたぶらかし』はヴァーリをロキの子とのみ記し、シギュンの子とは言わない。またこの名でロキの子に言及する箇所は原典に一度しか現れず、オーディンの子ヴァーリとの混同を疑う説が根強い。
ロキが女巨人アングルボザとのあいだにもうけたフェンリル、ヨルムンガンド、ヘルとは、母の系統が違う。神々の側に属する妻の子は縛めの材料にされ、巨人の側に属する子は世界の終わりを担う。ロキの二つの家族は、対照的な役を割り当てられている。
文化的足跡
19世紀の北欧絵画は、この主題を繰り返し取り上げた。ニルス・ブロンメールの《ロキとシギュン》(1850年)、ヴィンゲの同題作(1863年)、オスカル・ヴェルゲランの作(1879年)、K・エーレンベルクの挿絵(1883年)などがある。ロマン主義が求めた「苦しむ者に寄り添う女」という像に、この場面がよく合った。
スウェーデンの使用済み核燃料輸送船〈シギュン〉は、有害なものを受け止めて運ぶ役割をこの女神になぞらえて命名されたものである。南極にはシギュン氷河があり、ノルウェーには同名の小麦品種がある。原典に一つの身振りしか持たない神格が、その身振りの分かりやすさゆえに近代の命名に採られ続けている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。