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イズン
PLATE — IÐUNN
NORÐR · 北欧神話
IÐUNN

イズン

イドゥン · イズナ · イドゥナ

H・W・ビッセン《イズン》(1858年)/撮影: Bloodofox PUBLIC DOMAIN

北欧神話の女神。神々に若さを保たせる林檎を箱に納めて管理する。巨人シャツィにさらわれ、神々が一斉に老いはじめたという物語で知られる。

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解説

概要

イズン(Iðunn)は、北欧神話の女神。アース神族に属し、詩の神ブラギの妻とされる。トネリコ材の箱(eski)に林檎を納めて持ち歩き、神々が老いはじめると、その実をかじって若さを取り戻す。

名は「常に若い者」「若返らせる者」と解される。日本語では「不死のリンゴ」と紹介されることが多いが、原典が語るのは不老であって不死ではない。神々は死ぬ——バルドルは殺され、ラグナロクでは多くが斃れる。イズンの林檎が防いでいるのは老いだけである。この区別は小さいようで、北欧の神々の性格をよく表している。

神話・物語

伝わる物語は一つ、シャツィによる誘拐である。

『詩語法』によれば、ロキオーディンヘーニルの三神が旅の途中で牛を焼こうとしたが、いつまでも煮えない。樫の上にいた鷲が、自分に分け前をよこせば火が通ると言う。鷲が大半を持ち去ろうとしたのでロキが棒で打つと、棒は鷲に貼りつき、ロキの手も棒から離れない。引きずり回されたロキは、腕がもげると悲鳴を上げて助命を乞う。鷲——正体は巨人シャツィ——は、イズンを林檎ごとアースガルズの外へ連れ出すことを条件に放した。

ロキは約束を果たす。森でもっと良い林檎を見つけたから比べてみようと言い、自分の林檎を持って来させた。シャツィは鷲の姿で現れてイズンをさらい、館スリュムヘイムへ運ぶ。

神々は白髪になり、皺が寄った。集会でイズンを最後に見た者を尋ね、ロキと出て行ったことが判明する。捕らえられ、死と拷問を突きつけられたロキは、フレイヤの鷹の衣を借りて巨人の国へ飛んだ。シャツィが漁に出た隙にイズンを木の実に変え、爪に掴んで飛び去る。追ってきた鷲を、神々はアースガルズの庭に積んだ薪に火を放って迎え撃った。速度を殺せなかったシャツィは炎に突っ込み、羽根を焼かれて墜ち、そこで討たれる。この巨人の娘が、のちに償いを求めて現れるニョルズの妻スカジである。

『ロキの口論』では、夫ブラギがロキに罵られたとき、イズンが割って入る。争いをやめてほしい、ロキは血の兄弟なのだから、と。するとロキは、おまえは兄を殺した男を抱いた女だと言い返す。この兄と殺害者について、他に一切の記録がない。北欧神話には、こうした宙に浮いた言及がしばしば残る。

『オーディンの大鴉の歌』——後代の詩とされる——では、イズンはアールヴの血を引き、「イーヴァルディの年長の子ら」の一人で、谷に住むディースだとされる。他の資料と噛み合わない設定であり、そのまま並べておくほかない。

図像と象徴

持物は林檎と、それを納める箱。ただし北欧神話で林檎が特別な果実であったという裏づけは薄い。古ノルド語 epli は果実一般を指しえたため、原典が本当に林檎を意味していたかは議論がある。今日思い浮かべる赤い果実は、後代の翻訳と挿絵が固めた像である。

異教期の造形で、この女神と同定できるものはない。図像が育つのは19世紀に入ってからで、しかも一気に広がった。スウェーデンのニルス・ブロンメールが1846年に描いた《イズンとブラギ》は、竪琴を弾く夫のかたわらに林檎を抱いて立つ姿を定型化した。デンマークのH・W・ビッセンは1858年に彫像《イズン》を作り、果実の入った器を捧げ持つ立像とした。イギリスのJ・ドイル・ペンローズ、ドイツのC・E・デプラーも同じ主題を繰り返している。

つまりイズンは、19世紀の北欧ロマン主義がとりわけ好んだ女神である。若さ、果実、庭という組み合わせが、当時の絵画の語彙とよく噛み合ったためだろう。ギリシアのヘスペリデスの園と重ねる読みも同じ時期に広まったが、両者を結ぶ史的な根拠はない。スウェーデンのカール・ラーションは1905年、自分の娘をイズンに見立てた絵を描いている。神話上の女神が、家庭画の主題にまで降りてきていた。

系譜と関係

夫はブラギ。親も出自も伝わらない。『オーディンの大鴉の歌』がアールヴの血筋とするのは前述のとおりで、他に典拠がない。

役割の面では、この女神は神々の存続そのものを一人で担っている。スノッリの『ギュルヴィたぶらかし』でも、聞き手ギュルヴィが「神々はずいぶんイズンの誠実さと世話に頼っているように見える」と口にする場面がある。語り手はそれを笑って認め、危うくなったことが一度あると答える——そしてシャツィの話に入る。神話の内部で、この構造上の弱点が自覚されているわけである。

イズンを豊穣の女神と見る説、印欧語圏に共通する再生の女神の系譜に位置づける説などが提出されているが、いずれも資料を超えた推定にとどまる。

文化的足跡

イズンの名は、異教期のアイスランドで人名として使われていた。『植民の書』は、初期入植者の娘イズン・アルナルドッティルらの名を記録している。古英語の女性名イドネアの由来をここに求める説もある。

19世紀のスカンディナヴィアでは、この名は文芸誌や協会の名として好まれた。スウェーデンの女性誌『イドゥン』は1887年創刊で、20世紀を通じて刊行が続いた。若さと更新の女神という連想が、そのまま近代の出版物の名になったのである。現代の創作でも、この女神は「若返りの果実を持つ者」という一点で登場することが多い。原典で語られるのも、ほぼその一点である。

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領分・別名

親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承点線=異伝・別系統

Ivaldi
オーズ
SIGYN
シギュン
兄弟姉妹
IÐUNN
イズン
北欧神話
BRAGI
ブラギ
配偶者
Ivaldi
オーズ
IÐUNN
イズン
北欧神話
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資料

Wikidata
Q204691 — 骨格データの出典
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