ノート
ノット · ノーット · ナート
北欧神話の夜の女神。巨人の娘でありながらオーディンから馬と車を与えられ、昼の子ダグとともに天を巡る。馬フリームファクシの泡が谷の露になるという。
解説
概要
ノート(Nótt、ノットとも)は、北欧神話で夜を体現する女神。名は古ノルド語で「夜」を意味する普通名詞そのままである。ヨトゥンヘイムの巨人ノルヴィ(ナルヴィ、ノルとも)の娘で、その血筋のとおり髪も肌も黒いと『ギュルヴィたぶらかし』は記す。三度の婚姻によって、アウズ、ヨルズ(大地)、ダグ(昼)を生んだ。
神話・物語
『ギュルヴィたぶらかし』第10章が、この女神の系譜と役目をまとめて語る。最初の夫ナグルファリとのあいだにアウズを、次の夫アンナルとのあいだにヨルズを、最後にアース神族のデリングとのあいだにダグをもうけた。末子ダグは父方に似て明るく美しかったという。オーディンはノートとダグを呼び、それぞれに馬と車を与え、天を巡って大地の上を通るよう命じた。昼と夜はこうして生じた。ノートが先を行き、ダグがあとを追う。
ただし系譜には写本の異伝がある。ハウクル・ソルゲイルソンが指摘したとおり、最古の写本 U ではデリングの妻でダグの母はノートではなく娘のヨルズであり、R・W・T の三写本では母はノートである。ハウクルは U の形を書写の過程で生じた短縮の産物と見るが、この形もアイスランドの詩の伝統に入り込んだ。
『ヴァフスルーズニルの言葉』第25節で、巨人ヴァフスルーズニルは「昼の父はデリング、夜はノルヴィから生まれた」と答える。同じ詩の第14節は、ノートの馬フリームファクシ(「霜のたてがみ」)について、その馬銜から毎朝滴る泡が谷の露になると歌う。夜が地上を通ったあとに残る痕跡として、露が説明されている。
『アルヴィースの言葉』第30節は、夜が世界ごとに違う名で呼ばれると語る。人はノート、神々はニョール(闇)、力ある者はグリーマ(覆面)、ヨトゥンはオーリョース(光なきもの)、エルフはスヴェーヴンガマン(眠りの喜び)、ドワーフはドラウムニョルン(夢の女神)と呼ぶ。一つの時間に、見る者の立場ごとに別の名が割り当てられている。
『シグルドリーヴァの言葉』第3節では、目覚めさせられたワルキューレが「昼に幸あれ、昼の子らに幸あれ、夜とその娘に幸あれ」と祈る。夜が祈りの相手になる、数少ない例である。
図像と象徴
異教期の図像はない。今日この女神として思い浮かべられる姿は、19世紀の絵画が作ったものである。
ペーテル・ニコライ・アルボの《夜》(1887年、オスロ国立美術館)は、黒衣の若い女がたてがみを乱した黒馬にまたがり、雲を蹴って進む姿を描く。馬の背には裸の幼子がうつ伏せて眠り、女の長い黒髪が夜そのもののように背後へ流れる。アルボは同じ時期に《ワルキューレ》や《アースガルズの騎行》を描いており、北欧神話の主題を疾走する馬として捉える描き方を繰り返した。夜もまた騎行として描かれている。原典がこの女神に与えた材料は「黒い」「馬に乗る」「先を行く」の三点しかない。残りは画家が決めた。
夜が昼に先行するという配置には、実際の時間感覚が反映している。タキトゥスは『ゲルマーニア』第11章で、ゲルマン人は日数ではなく夜数を数えると記した。英語の fortnight(十四夜=二週間)にその数え方の名残がある。ノートが先でダグが後という順序は、神話の便宜ではなく、暦の作法そのものである。
系譜と関係
父は巨人ノルヴィ。夫は順にナグルファリ、アンナル、デリング。子はアウズ、ヨルズ、ダグ。ヨルズがトールの母であるから、この女神はトールの祖母にあたる。
ノートとダグの対は、ソールとマーニの対と並行する。ただし後者は狼スコルとハティに追われて逃げ続けているのに対し、ノートとダグには追う者がいない。同じ体系のなかで、天体の運行が二つの異なる仕組みで説明されていることになる。日と夜は秩序として、太陽と月は追われるものとして語られる。この不揃いは、単一の作者が設計した宇宙論ではないことの徴でもある。
文化的足跡
北欧諸語の nótt / natt / nat は、今も「夜」を指す日常語である。この女神の場合も、神の名が先にあって語ができたのではない。
アルボの《夜》はオスロ国立美術館の所蔵で、北欧神話を主題とする19世紀絵画のなかでも広く複製されてきた一点である。今日、日本語圏を含めてノートの姿として流通しているのは、ほぼこの絵の女である。原典の三行と一枚の絵のあいだにある距離は、北欧神話がどう受け取られてきたかを測る物差しになる。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。