ニルリティ
ニルリタ · 羅刹天 · 南西の守護
災厄と死と衰滅を司るヴェーダの神格。ローカパーラの体系では南西を守り、ヴェーダでは女神、プラーナでは羅刹王とされている。
解説
概要
ニルリティ(Nirṛti / निरृति)は、災厄と死と衰滅を司るヴェーダの神格である。名は「秩序の欠如」を意味し、宇宙の理法リタの否定として構想された。ローカパーラ(方位守護神)の体系においては南西を守る。ヴェーダでは女神として、後代のプラーナ文献では男性の羅刹王として語られることが多く、性別の扱いが移り変わった珍しい神格である。
神話・物語
『リグ・ヴェーダ』では、彼女への言及の多くが遠ざけるための祈りの形をとる。10.59の讃歌は繰り返し「ニルリティは遠くへ去れ」と唱え、生命と繁栄を求める。祭祀においては黒い衣、砕けた器、南方の不浄な区画が彼女に割り当てられ、他の神々とは正反対の作法で扱われた。近づけるためではなく遠ざけるために祀られる神という点に、この神格の特徴がある。
『アタルヴァ・ヴェーダ』では死と結びつき、その縄に捕らえられた者は逃れられぬとされる。『シャタパタ・ブラーフマナ』は、彼女が賭博と関わりをもち、負けと破滅を司ると述べる。
プラーナ文献に入ると、多くの場合ニルリタと呼ばれる男性の羅刹王として現れ、羅刹族の祖の一人に数えられる。剣を執り、驢馬または人(あるいは屍)に乗る姿で表され、南西の方位を守る。ヴェーダの否定的な力が、方位守護という秩序の体系に組み込まれていく過程が、この変化に読み取れる。
図像と象徴
方位守護神の一体として、寺院建築の南西の隅に配される。黒い体色、剣、驢馬あるいは屍を乗騎とするのが定型である。象徴となるのは縄(パーシャ)であり、捕らえて離さぬ死の力を表す。仏教に受容されると羅刹天として十二天の一尊に数えられ、日本でも南西を守る尊として曼荼羅に描かれた。
系譜と関係
ヴェーダでは、アディティと対をなす存在として捉えられることがある。アディティが無限と解放を意味するのに対し、ニルリティは束縛と衰滅を担う。プラーナでは聖仙アディダルマとヒムサーの子、あるいはアダルマ(非法)の系譜に置かれる。ローカパーラの体系では、東のインドラ、南東のアグニ、南のヤマ、西のヴァルナ、北西のヴァーユ、北のクベーラ、北東のイーシャーナ(シヴァ)とともに八方位を構成する。
文化的足跡
南西の隅を不吉とみる観念は、ヴァーストゥ・シャーストラ(建築の規範)に引き継がれ、住居の設計において今日も参照される。祀ることによって遠ざけるという扱い方は、災厄そのものを神格化する南アジアの発想を端的に示す例として論じられてきた。ヴェーダの女神が後代に男性の羅刹王へ転じた点も、神格の性別が固定的でないことを示す事例として挙げられる。