ミシュコアトル
ミシュコアートル · カマシュトリ · カマシュトレ
アステカ神話の狩猟と戦争の神。名は「雲の蛇」、すなわち天の川を指す。弓矢と獲物袋を提げた狩人の姿で描かれ、チチメカ諸族の守護神とされた。
解説
概要
ミシュコアトル(Mixcōātl)は、アステカ神話の狩猟神にして軍神である。名はナワトル語で「雲(mixtli)の蛇(cōātl)」を意味し、夜空を横切る天の川そのものを指すと解される。星々と天を司り、狩人を守り、戦を司る。
この神が奉じられた範囲は、アステカの外にまで広がる。オトミやチチメカ、そしてチチメカの後裔を称する諸集団の守護神であり、カマシュトリ(Camaxtli)の名では、トラスカラやウェショツィンコ——すなわちアステカと敵対し続けた都市国家の最高神であった。メシカの神々を中心に語られがちなアステカ神話のなかで、この神は中央高原のもう一つの系譜を代表している。
神話・物語
火の起源がこの神に結びつく。『絵によるメキシコ人の歴史』は、原初神トナカテクトリの生んだ四柱のうち「赤いテスカトリポカ」をミシュコアトルと同一視し、あるいはテスカトリポカがミシュコアトルに変身したと語る。その姿でこの神は天を軸に回して弓錐を発明し、初めて燧石を打って人類に火をもたらした。ただし赤いテスカトリポカをシペ・トテックに当てる資料もあり、四柱のテスカトリポカと個々の神格との対応は一致を見ていない。
いま一つの中心が、センツォン・ミミシュコア(四百のミミシュコア)の説話である。チコモストクに生まれた四百の星神たちは、太陽トナティウを養うために獲物を狩る務めを負いながら、酒に溺れてこれを怠った。そこで後から生まれた五柱の弟妹が待ち伏せて彼らを討ち、太陽に血を捧げた。ミシュコアトルはこの五柱の筆頭であり、同時に四百の総称でもある。天の川を「四百の星」と「それを率いる雲の蛇」として語る神話である。
ケツァルコアトルの誕生も、多くの資料でこの神を父とする。『1558年の写本』は、ウィツナワクに現れた女神チマルマンにミシュコアトルが矢を射かけ、これと交わって身ごもらせたと記す。別伝では、俊足のチマルマンを捕らえられずにいたミシュコアトルがようやく彼女を得たとも、チマルマンが玉を呑んで懐胎したともいう。母をシワコアトルその他の地母神とする伝もあり、系譜は一本化できない。生まれた子が、トルテカの王にして神、セ・アカトル・トピルツィン・ケツァルコアトルである。ミシュコアトルはのちに親族の手で殺され、子がその復讐を果たしたとも伝えられる。
図像と象徴
体には赤と白の縦縞を引き、黒い仮面をつけた姿で描かれる。仮面に星を散らすこともあり、夜空の神であることを示す。この赤白の縞と黒仮面は明けの明星の神トラウィスカルパンテクートリと共通するため、絵文書では両者が紛らわしい。見分けの手がかりは狩猟具である。ミシュコアトルは束ねた矢を携え、仕留めた獲物を運ぶ網袋を提げる。狩人の装いが、そのままこの神の徴になっている。
『テリェリアーノ・レメンシス絵文書』の図では、緑の羽根飾りを戴き、目のまわりを黒く塗り、矢束と網袋を手にした姿で描かれる。祭祀を描く場面では、狩猟具のかわりに武器を執ることもある。
系譜と関係
父を原初神トナカテクトリ、母を地母神シワコアトルとする伝のほか、母を黒曜石の蝶の女神イツパパロトルとする伝がある。子はケツァルコアトルであり、ショロトルの父とする伝も残る。
狩人と戦士を守護するという機能は、メシカにおいてはウィツィロポチトリが引き受けた。ただしウィツィロポチトリが太陽と結びつくのに対し、ミシュコアトルが結びつくのは星である。両者を同一視する資料もあるが、担う天体は別である。チョルーラではこの神自身をケツァルコアトルの一位相とする伝もあり、同定は資料ごとに揺れる。
文化的足跡
ケチョリの月——グレゴリオ暦の11月頃——はこの神の祭にあてられた。狩人たちは野に出て獲物を追い、新たに火を熾して獲物を焼いた。狩人がミシュコアトルの装いをして狩りに臨み、祭の終わりにはこの神とその配偶ヤサトラミヤワルに扮した者が生贄とされたと伝えられる。
トラスカラはついにアステカに屈しなかった都市であり、スペイン軍と結んでテノチティトラン攻略に加わった。その最高神カマシュトリの祭祀は征服後に絶えたが、メキシコシティ西部には、いまもミシュコアックの地名が残る。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。