ウィツィロポチトリ
ウイツィロポチトリ · 南のハチドリ · 蜂鳥の左
メシカ(アステカ)固有の太陽と戦争の神。母の胎内から完全武装して生まれ、姉と四百の兄弟を討った。蛇を咥えた鷲の神託で都テノチティトラン建設に民を導いた守護神。
解説
概要
ウィツィロポチトリ(Huītzilōpōchtli)は、アステカ神話の中心をなす太陽と軍神である。名はナワトル語で「蜂鳥(huitzilin)の左(opochtli)」、あるいは「南の蜂鳥」を意味する。アステカでは、戦死者の魂は蜂鳥となって太陽の家に転生すると信じられ、蜂鳥は戦士の魂の化身だった。トラロックやケツァルコアトルがメソアメリカ各地で古くから崇められた汎地域的な神であるのに対し、ウィツィロポチトリはメシカ(アステカ)に固有の部族神である。もとは北方から移住した一部族の素朴な守護神だったが、メシカの興隆とともに太陽を運行させる宇宙的な大神へと高められた。東に昇って夜の星々を打ち破り、西に沈んでまた東に生まれる太陽の運行そのものが、この神の神話に重ねられている。
神話・物語
誕生譚がこの神の核心である。蛇の山コアテペックで、大地の女神コアトリクエが、天から落ちてきた羽毛の玉を懐に納めて身ごもった。母の懐妊を恥じた娘コヨルシャウキと、四百の兄弟センツォン・ウィツナワ(南天の星々)は、母を殺そうとコアテペックへ攻め上る。まさにその時、コアトリクエの胎内から完全武装のウィツィロポチトリが生まれ出た。彼は火の蛇シウコアトルを振るって姉コヨルシャウキを八つ裂きにし、その体を山の斜面へ投げ落とし、四百の兄弟の大半を討ち滅ぼした。切り落とされたコヨルシャウキの首は天に投げ上げられ、月になったとも伝えられる。太陽が夜明けに月と星を駆逐する光景を語る神話であり、テンプロ・マヨールはこのコアテペックを地上に再現した舞台装置だった。異伝では、原初神の四人の子の末子として生まれ、ケツァルコアトルとともに太陽を作ったともいう。
図像と象徴
ウィツィロポチトリ単独の確かな石像は見つかっておらず、その姿は主に絵文書から知られる。蜂鳥の羽で飾った頭飾りをつけ、火の蛇シウコアトルを武器として、あるいはシウコアトルそのものを手にした戦士として描かれる。青い体、五つの房のついた盾、投げ槍と投槍器がその徴である。テスカトリポカと同じく煙を吐く鏡を帯び、片足が蛇の姿で表されることもある。テンプロ・マヨールの階段下から1978年に発見された、直径3メートルを超えるコヨルシャウキの円盤石彫は、八つ裂きにされた姉神を刻み、誕生譚が実際の神殿と祭祀に組み込まれていたことを鮮やかに示す。
系譜と関係
母は大地の女神コアトリクエ、姉は月と結びつく女神コヨルシャウキ、兄弟は南天の星々センツォン・ウィツナワである。ケツァルコアトルとは、原初神の子とする異伝において兄弟の関係に置かれる。テンプロ・マヨールでは雨神トラロックの神殿と並んで二つの主神殿を分け合い、戦争と雨——征服と農耕というメシカ国家の二本の柱を体現した。他体系に対応する神を持たない点も、この神が汎メソアメリカの神々と異なり、一都市の運命とともに立ち現れた神であることを物語る。
文化的足跡
ウィツィロポチトリの神託は、メキシコの起源そのものに刻まれている。彼は民に、蛇を咥えた鷲がサボテンにとまる地に都を築けと告げ、その徴の地に1325年、テスココ湖上の都テノチティトランが築かれた。この鷲とサボテンの図像は、いまもメキシコ国旗の中央にある。太陽を運行させ続けるには絶えざる血が要るとされ、メシカの征服戦争と大規模な人身供犠は、この神を養う営みでもあった。ゲームや創作にもアステカの軍神として登場するが、その本質は、一部族の守護神が帝国の太陽神へと膨れ上がっていった、信仰と歴史の絡み合いにある。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。