シペ・トテック
シペ・トテク · シペトテック · カマシュトリ
アステカ神話の農耕と再生の神。「皮を剥がれた我らが主」の意で、剥いだ人の皮をまとう姿で表される。その皮は、種子が外皮を破って芽吹くことの写しとされた。
解説
概要
シペ・トテック(Xīpe Totēc)は、アステカ神話の農耕と再生の神である。名は「皮を剥がれた我らが主」を意味する。犠牲となった者から剥いだ皮を身にまとう姿で表され、その下から現れる本体は赤く塗られる。トウモロコシの種子が外皮を破って発芽すること、蛇が皮を脱ぐこと——古い殻を捨てて新しい生が現れるという一つの観念が、この神の造形のすべてを貫いている。春と芽吹きの神であると同時に、金銀細工の職人の守護神でもあり、また皮膚と目の病をもたらし、かつ癒す神でもあった。
神話・物語
シペ・トテックは、みずからの皮を剥いで人に食物を与えたと伝えられる。この一事が、農耕の再生と犠牲とを直結させるこの神の論理を要約している。
四柱のテスカトリポカによる世界の分掌において、シペ・トテックは赤いテスカトリポカ(トラトラウキ・テスカトリポカ)と同一視され、東方を受け持つとされる。サアグンの記録は、テオティワカンで第五の太陽が現れるのを待つ神々のなかに「トテック、すなわちアナワトルの神、赤いテスカトリポカ」を数えている。ただし四色と四方位の配当は資料によって揺れがあり、単一の図式に還元することはできない。
トラスカラとウェショツィンコでは、カマシュトリの名で呼ばれる神格がこれと同じ神とされた。もっともカマシュトリは狩猟と火の神ミシュコアトルとも重なるため、両者を同一と断ずることには研究上の異論がある。サポテカの古典期の骨壺に表される神ヨピとの関係も指摘されている。
図像と象徴
シペ・トテックの図像は、メソアメリカ美術のなかでもとりわけ判別しやすい。神は剥いだ人の皮をまとい、その皮の手が手首から力なく垂れ下がる。顔の皮は仮面のように重なり、二重になった唇のあいだから本体の口がのぞく。目は皮に塞がれてほとんど見えず、額から顎へ縦に走る線が顔を二分する。胸には心臓を取り出したときの切り口が縫い合わされて表されることがあり、供犠の次第そのものが造形に刻み込まれている。
体色は片側が黄、片側が褐色に塗り分けられることが多く、口・首・手足に赤が差される。持物は先の尖った冠、鈴のついた杖チカワストリ、そして同心円を配した黄金の盾で、これらは同時にメシカの王が戦に臨む装いでもあった。バーゼル文化博物館の等身大の石像、ブリティッシュ・ミュージアムの石の仮面のように、石彫と土偶の双方に作例が多い。ベラクルスのレモハーダス様式の土偶には、皮をまとった神官の姿が生々しく写し取られている。
系譜と関係
『メキシコ人の絵による歴史』の伝えるところでは、原初の対偶神オメテクートリとオメシワトルの子として、ケツァルコアトル・テスカトリポカ・ウィツィロポチトリと兄弟に数えられる。女性の対応神格としては、若いトウモロコシの女神シロネン=チコメコアトルが挙げられる。
この神の淵源はアステカにない。もっとも古い表現はテオティワカン近郊のショラルパンやテスココに現れ、トルテカ期にあたる9〜12世紀まで遡る。エルサルバドルのタスマルにも像が残り、後古典期前半には湾岸地方で広く祀られていた。メシカがこの信仰を国家祭祀に取り込んだのはアシャヤカトル王の治世(1469〜81年)とされ、テノチティトランの大神殿の域内にヨピコと呼ばれる祠を得た。2018年から19年にかけて、プエブラ州ンダチアン=テワカンのポポロカ人の遺跡で、この神に捧げられたことの確認できる最初の神殿が発掘されている。
文化的足跡
シウポワリ第二月トラカシペワリストリは、この神に捧げられた大祭である。剥いだ皮は黄色く染められ、「金の衣」(テオクイトラケミトル)と呼ばれた。二十日を経て腐り、脱ぎ捨てられる皮が、外皮を破る種子に重ねられている。この祭には円い石に繋いだ捕虜と武装した戦士とが戦う「剣闘士の供犠」があり、人身供犠のなかでもよく知られた形態となった。矢で射る供犠も行われ、地に滴る血は春の雨に見立てられた。神を讃える歌はこの神を「夜の飲み手」(ヨアリ・トラワナ)と呼ぶが、恵みの雨が夜に降ることによるという。
剥いだ皮には病を癒す力があると信じられ、母親は子を連れてその皮に触れさせたと伝えられる。金細工職人の組合はヨピコの祠で独自の祭を営み、イシュイプトラの装束を仕立てる役を担った。近代以降、この神の造形は「グロテスク」の一語で片づけられることが多かったが、20世紀の美術史と民族学は、そこに死と再生を一つの身体で語ろうとした造形の論理を読み直している。現代の創作でも、その名と姿はホラーやゲームの題材として繰り返し取り上げられている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。