ミスラ
ミトラ · ミトラース · ミスラス
古代イランの契約の神。ゾロアスター教では下位神ヤザタの筆頭格とされ、千の耳と万の目で誓約の履行を見張る。のちに光と太陽の神としても崇められた。
解説
概要
ミスラ(アヴェスター語 Miθra、中期ペルシア語ミフル Mihr)は、古代イランの神である。その名は普通名詞としては「契約」を意味し、神格としては人と人とを結ぶ約束そのものを司る。ゾロアスター教では最高神アフラ・マズダーの下に置かれたヤザタの筆頭格とされ、誓いを破る者を見のがさぬ監視者・審判者として崇められた。インドのヴェーダに現れる神ミトラと同源で、両者はインド・イラン共通期にさかのぼる。
神話・物語
ザラスシュトラ自身に帰されるアヴェスター最古層の讃歌ガーサーに、ミスラの名は現れない。かつてはこれを預言者による排斥の証と解する説もあったが、今日では支持されていない。一方、ヤシュト第10歌(ミフル・ヤシュト)はヤシュト中で最も長く、保存もよい。そこではアフラ・マズダー自身が、ミスラを我と等しく祀れと命じたと語られる。
ミフル・ヤシュトのミスラは「広き牧草地の主」と呼ばれ、千の耳と万の目をもち、眠ることなく世界を見張る。契約を破った者には災いを下し、守る者には家畜と牧草地の富を与える。手にするのは百の節と百の刃をもつ黄銅の棍棒で、これを恐れてダエーワは逃げ散る。戦士の守護者でもあり、王や領主が誓いを立てる相手であった。
太陽との関係はしばしば取り違えられる。ミスラは日の出に先立って山の頂に立ち、光とともに姿を現すが、アヴェスターでは太陽そのものではない。太陽にはフワル・フシャエータという別の神格がある。両者が事実上重ねられるのは、中期ペルシア語の時代以降のことである。
図像と象徴
アケメネス朝の王アルタクセルクセス2世(在位 前404-前358)は、碑文でアフラ・マズダー・アナーヒター・ミスラの三柱を並べて呼んだ。姿が具体的に刻まれるのはそれ以降で、サーサーン朝の岩壁浮彫がその代表である。ケルマーンシャーのターケ・ボスターンには、蓮華の上に立ち、放射状の光輪をいただき、両手で儀礼用の枝束バルソムを捧げるミスラが彫られている。王の叙任に立ち会う場面であり、神と王の頭の高さをそろえる構図によって、王が神に准ずる位にあることを示している。
クシャーナ朝の金貨には、ギリシア文字で MIIPO と銘したミスラが、光輪を負う姿で打刻された。コンマゲネのネムルト・ダーウには、王アンティオコス1世が「アポローン=ミトラス=ヘリオス=ヘルメス」と握手する浮彫が残る。ヘレニズム期の東方でインテルプレタティオ・グラエカが働き、複数の神名が一つに束ねられた例である。他方、ローマのミトラス教が生んだタウロクトニー——牡牛を屠る場面——は、イランの図像伝統にはまったく見あたらない。同じ名を負いながら、両者の造形は別の系統に属する。
系譜と関係
ミスラは水の女神アナーヒターとしばしば対で祀られ、アルタクセルクセス2世の碑文でも両者は並んで現れる。ヴェーダのミトラが法の神ヴァルナと一対をなし、契約を祝福するミトラに対してヴァルナが違背を罰する、という分担で語られるのに対し、イランのミスラは祝福と処罰の双方を一身に負う。
ローマ帝国で信奉されたミトラースの名は、確かにミスラに由来する。ローマ人自身も自分たちの神をペルシア起源と考えていた。しかし1970年代以降の研究は儀礼と図像に連続性が乏しいことを指摘しており、両者を同一の信仰の東西の姿とみる古い理解は退けられている。本サイトでもローマのミトラースは別の神格として扱う。
仏教の弥勒菩薩(マイトレーヤ)の名も、サンスクリットのミトラから派生した語である。名の同源は言語学上の事実だが、救世主としての性格までをミスラに求める説には異論が多い。
文化的足跡
中期ペルシア語でミフルとなったこの神の名は、暦の第7月と第16日の名となり、その日に営まれる収穫祭メフレガーンはノウルーズと並ぶイランの大祭であった。ミフルはまた日曜日の名でもある。この語がソグド語を経て「密」と音写され、宿曜道とともに日本へ伝わった。平安時代の具注暦が日曜日に「密」と朱書きするのは、その名残である。
ローマ帝国では1世紀後半から4世紀にかけてミトラス教が広まり、とりわけ軍団兵に信奉された。この密儀宗教とキリスト教の関係は19世紀以来くりかえし論じられてきたが、祭日や儀礼の借用を裏づける史料は乏しい。現代の小説やゲームにも、ミスラ、ミトラスの名で登場する。