弥勒菩薩
慈氏菩薩 · 弥勒 · 彌勒
釈迦の次にこの世に現れて仏となる未来仏で、慈しみを名とする菩薩。いまは兜率天にあり、五十六億七千万年の後に下生して竜華樹の下で悟りを開くとされる。ガンダーラで盛んに造像され、東アジアでは半跏思惟像や布袋の姿でも親しまれた。
解説
概要
弥勒菩薩(みろくぼさつ、梵 Maitreya、パーリ語 Metteyya)は、釈迦牟尼仏の次にこの世へ現れて悟りを開くと約束された未来仏であり、仏教のすべての宗派でそう認められている。名は「慈しみ」を意味する maitrī に由来し、漢訳では慈氏菩薩とも呼ばれる。いまは兜率天の宮殿にあって、下生の時を待つとされる。仏教の体系に含めて扱う。
神話・物語
パーリ語の経典では、『長部』第26経『転輪聖王獅子吼経』と『仏種姓経』第28章にメッテイヤの名が現れる。『転輪聖王獅子吼経』によれば、弥勒は転輪聖王サンカが治めるケートゥマティーの都に生まれる。
弥勒が仏となるのは、釈迦の入滅から五十六億七千万年の後とされる。そのとき弥勒は竜華樹の下で悟りを開き、三度の説法(竜華三会)によって数多の人々を救うと『弥勒下生経』は説く。弥勒が現れるまでの仏のいない世で六道の衆生を救うのは、地蔵菩薩の役目とされる。
信仰
弥勒信仰には、兜率天への往生を願う上生信仰と、弥勒の下生とともに理想世界の到来を待つ下生信仰がある。下生信仰は、ときに反乱と結びついた。中国では隋代に弥勒を名乗る者が三度現れ(610年の長安、613年に二度)、宋代の1047年には弥勒の下生を待つ王則の反乱が起きた。元末の紅巾の乱(1351〜1368年頃)は、白蓮教の指導者韓山童が率いた。朝鮮では新羅で弥勒信仰が盛んで、10世紀には泰封の王弓裔が弥勒の化身を名乗った。
図像と象徴
インド北部の貴人や王子の姿で、豊かな髪と流れるような衣、装身具をまとい、立つ姿や玉座に坐す姿で表される。手に水瓶(カマンダル)を持つことが多い。1世紀以降のガンダーラでは、釈迦と並んで最も多く作られた尊格で、頭頂に髪を輪にして結い上げた独特の姿をとる。冠に仏塔をいただく像もある。日本では三昧耶形を蓮華の上の宝塔とする。

東アジアでは、片足を組み指を頬に添えて思索する半跏思惟の姿が好まれた。本サイトが掲げるのは、京都・広隆寺の宝冠弥勒である。
系譜と関係
一部の資料では、弥勒は姓、阿逸多(アジタ)は名とされ、『阿弥陀経』や『法華経』も阿逸多と呼ぶ。『大智度論』は、弥勒が文殊菩薩や阿難とともに大乗経典を結集したと伝える。中国では、太鼓腹で笑う僧布袋が弥勒の化身とみなされ、弥勒仏として親しまれた。

なお仏教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその尊格の伝承と図像に関する学術的な整理である。