バックス
バッコス · リーベル · リーベル・パテル
葡萄酒と陶酔を司るローマの神。ギリシアのディオニューソスの別名バッコスに由来し、ローマの神リーベル・パテルと同一視された。前186年のバッカナリア事件で弾圧された。
解説
概要
バックス(Bacchus)は、葡萄酒と陶酔を司るローマの神である。ギリシアのディオニューソスの別名バッコス(Βάκχος)に由来し、この神が引き起こすとされる熱狂バッケイアにちなむ。
ローマ人はバックスを、自分たちの神リーベル・パテル——「自由なる父」——と同一視した。リーベルはリーベラーリア祭の神であり、葡萄栽培と葡萄酒、男子の生殖力の守護者であり、成年と市民権に結びつく伝統・儀礼・自由の守り手である。
神話・物語
神話の大半はディオニューソスから受け継がれたものであり、その詳細は当該項目に譲る。ここで扱うのは、ローマにおいてこの神がどう受け取られたかである。
ローマ国家は、バックスの祭祀のうち独立して営まれるものを警戒した。前186年のバッカナリア事件がその頂点である。元老院はバッカナリア——この神の密儀——を国家への陰謀とみなし、イタリア全土で厳しく取り締まった。参加者の多くが処刑され、以後この祭祀は元老院の許可を要する厳格な統制下に置かれる。
リウィウスの伝えるところによれば、この密儀はもともと女性のみが昼間に営むものであったが、男性が加わり夜間に行われるようになって放埒に堕したという。ただしこの記述は取り締まりを正当化する側の説明であり、そのまま事実として読むことはできない。
国家が宗教結社を弾圧した最初期の記録として、この事件はローマ史において重要な位置を占める。前186年の元老院決議(Senatus consultum de Bacchanalibus)を刻んだ青銅板が現存し、ウィーン美術史美術館に収められている。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、カラヴァッジョの《バッコス》(1595年頃、ウフィツィ美術館蔵)である。
古代の図像はディオニューソスのそれを受け継ぐ。葡萄の蔓を戴き、テュルソス(松かさを頂に付けた杖)を持ち、豹に乗り、あるいは豹の毛皮をまとう。若く優美な姿と、髭を蓄えた成熟した姿の双方がある。
ルネサンス以降のヨーロッパ美術において、この神はもっぱらバックスの名で描かれた。ティツィアーノ、カラヴァッジョ、ルーベンス、ベラスケス——葡萄酒と酔いを主題とする絵画の系譜は、ギリシア名ではなくローマ名で呼ばれ続けている。
関わる神格・伝承
ディオニューソスと同一視され、リーベル・パテルと習合した。妃はギリシア神話に従いアリアドネー、随伴するのはマイナスたちとサテュロスたちである。
ローマにおける三つの名——バックス、リーベル、ディオニューソス——の使い分けは一定しない。ラテン文学ではリーベルが古い国家祭祀を、バックスが密儀と陶酔を指す傾向がある。
文化的足跡
近代ヨーロッパにおいて、この神の名は葡萄酒そのものの換喩として定着した。バッカナールという語は、絵画・音楽・文学における酒宴の場面を指す一般名詞になっている。
日本語圏でも「バッカス」の名は「ディオニュソス」より広く通用する。ギリシア起源の神が、ローマ経由の名で近代世界に伝わったという経路の代表例である。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。