カイケーイー
ケーカヤの王女 · ダシャラタ第三妃 · バラタの母
アヨーディヤー王ダシャラタの第三妃でバラタの母。侍女にそそのかされ、かつて授かった二つの願いを行使してラーマを追放させた。
解説
概要
カイケーイー(Kaikeyī / कैकेयी)は、叙事詩『ラーマーヤナ』に登場する女性で、アヨーディヤー王ダシャラタの第三妃、バラタの母である。ケーカヤ国の出身。もともとラーマを我が子のように慈しんでいたが、侍女マンタラーにそそのかされ、かつて王から授かった二つの願いを行使して彼を十四年の追放へ追いやった。物語の発端をつくる人物であり、そのために古来もっとも非難されてきた登場人物の一人でもある。
神話・物語
二つの願いの由来は戦場にある。ダンダカの森でインドラを助けてアスラと戦ったダシャラタに、彼女は従軍していた。十方へ戦車を転じて戦ううち車輪の留め具が抜けかけたとき、彼女は自らの指を穴に差し込んで車輪を支え、王の命を救った。感謝した王は二つの願いを叶えると約したが、彼女はその場で何も求めず、やがてその約束自体を忘れてしまう。
ラーマの即位が定まったとき、彼女は素直に喜んだ。ところが侍女マンタラーが不信を吹き込む。ラーマが即位すれば第一妃カウサリヤーが王母となって彼女は宮廷での地位を失うこと、バラタは殺されるか追放されるであろうことを説き、忘れていた約束を思い出させて、バラタの即位とラーマの十四年の追放を求めるよう助言した。
彼女はこれに従った。王は驚いて激しく反対し、説得を尽くしたが、彼女はかたくなに拒む。何も言えぬまま倒れ伏した王に代わり、彼女自身がラーマに追放を告げた。ラーマは直ちに従って王宮を去る。王がせめて軍勢と財を持たせようとしたのに対しても、王国から財が失われることを恐れて反対したと語られる。心労のかさなった王はまもなく崩御し、人々はみな彼女を恨んだ。実の子バラタとシャトルグナさえも彼女を難じたと叙事詩は記す。
図像と象徴
図像に現れるのは、ほぼ例外なくマンタラーとの対話の場面か、王に願いを突きつける場面である。M・V・ドゥランダルが1909年に描いた作品は、耳もとで囁く侍女と、聞き入る妃という構図を近代絵画の様式で表した例にあたる。象徴となるのは、車輪の穴に差し込まれた指である。命を救った指がそのまま王国を傾ける約束を生むという逆転に、この人物の物語は集約されている。
系譜と関係
ケーカヤ国の王女で、ダシャラタの第三妃。子はバラタ。第一妃カウサリヤーの子がラーマ、第二妃スミトラーの子がラクシュマナとシャトルグナである。侍女マンタラーは彼女がケーカヤから伴ってきた者とされ、宮廷における彼女の孤立を示す存在でもある。
文化的足跡
伝統的な語りにおいて、彼女は悪意と嫉妬の典型として扱われてきた。地方伝承には、聖仙ヴァシシュタが彼女を呪ったとするものもある。もっとも原典自身は、彼女がもともとラーマを慈しんでいたこと、そそのかされるまでは即位を喜んでいたことを明記しており、単純な悪役として造形しているわけではない。
近現代の再話では、この人物を読み直す試みが盛んである。マンタラーの言葉が指摘したのは宮廷における実際の力関係であり、第三妃とその子の立場は現実に危うかったという読み。あるいは、ラーマが森へ行かねばラーヴァナは討たれず、そのために神々の計画を実行する役を彼女が引き受けたのだとする読み。ヴァイシュナヴィー・パテールの小説『カイケーイー』(2022年)のように、彼女自身の視点から物語全体を語り直す作品も現れている。原典の評価と現代の再解釈は水準の異なる営みであり、区別して扱う必要がある。