ダシャラタ
ネーミ · コーサラ王 · アジャの子
コーサラ国アヨーディヤーの王でラーマの父。かつて妃に与えた二つの願いに縛られて愛子を追放し、悲嘆のうちに世を去った王である。
解説
概要
ダシャラタ(Daśaratha / दशरथ)は、叙事詩『ラーマーヤナ』に登場するコーサラ国の王である。都はアヨーディヤー。ラーマ、バラタ、ラクシュマナ、シャトルグナの父にあたる。本名をネーミといい、その戦車が十方へ自在に動き、空を駆けて地に戻ったことから「十の戦車」を意味するダシャラタの名を得た。近隣の諸国を従え、多くのアスラを討った偉大な戦士でありながら、かつて妃カイケーイーに与えた二つの願いに縛られて愛子を森へ追いやり、その悲嘆のうちに世を去る。言葉に縛られる王という主題を、この叙事詩において最も端的に体現する人物である。
神話・物語
コーサラ王アジャとヴィダルバのインドゥマティーの子として生まれ、父の死後に王位を継いだ。『ラーマーヤナ』アヨーディヤー篇によれば三百五十人ほどの妃がいたが、なかでも第一妃カウサリヤー、第二妃スミトラー、第三妃カイケーイーの三人を寵愛した。
長く世継ぎに恵まれなかった彼は、御者スマントラの伝える予言に従い、聖仙リシュヤシュリンガをアヨーディヤーへ迎えて祭祀を営んだ。祭火のなかから神々しい姿が現れ、天上の粥を容れた器を差し出す。彼はその半分をカウサリヤーに、残りの半分をスミトラーに、さらに残りの半分をカイケーイーに与え、最後の一片をあらためてスミトラーに与えた。こうしてカウサリヤーからラーマが、カイケーイーからバラタが、スミトラーからラクシュマナとシャトルグナが生まれたという。分け方がそのまま四人の兄弟の関係を先取りしている。
二つの願いの由来は戦場にある。神々とアスラの戦いにおいて、彼はカイケーイーを伴ってインドラの加勢に赴いた。十方へ戦車を転じて敵と渡り合ううち、車輪の留め具が抜け落ちようとする。カイケーイーが自らの指を穴に差し込んで車輪を支えたため、彼は難を逃れた。感謝した王は二つの願いを叶えると約したが、妃はその場では何も求めず、いずれ願うと答えた。
やがてラーマの即位が定まったとき、侍女マンタラーにそそのかされたカイケーイーがこの約束を持ち出す。求めたのは、バラタの即位と、ラーマの十四年の森への追放であった。王は驚いて激しく反対し、あらゆる言葉を尽くして妃を翻意させようとしたが、聞き入れられなかった。疲れ果てた彼はラーマを呼びながら何も言えず、代わって妃が追放を告げる。ラーマは直ちに従い、王宮を去った。
図像と象徴
図像に現れるのは、祭火から粥を受け取る場面、ラーマを送り出せずに崩れ落ちる場面、そして臨終の場面である。メトロポリタン美術館が所蔵する1605年頃のムガル本『ラーマーヤナ』の一葉は、王の死を描いた作例として知られる。象徴となるのは十方へ向く戦車であり、あらゆる方角へ動けた王が、たった一つの約束によって身動きできなくなるという対比が、この人物の像を作っている。
系譜と関係
父はコーサラ王アジャ、母はインドゥマティー。妃はカウサリヤー、スミトラー、カイケーイー。子はラーマ、バラタ、ラクシュマナ、シャトルグナ。ブラフマーの子マヌの化身とする伝えもある。御者スマントラは長く彼に仕えた腹心であった。
文化的足跡
彼の死には、若き日の過ちが影を落としている。ラーマを送り出したのち床に伏した彼は、王子の頃サラユー河のほとりで狩をしていた日のことを妃たちに語った。水を汲む音を鹿と誤って矢を放ったところ、それはシュラヴァナという少年であった。駆け寄って詫びる王に、少年は過ちを許し、矢を抜くこと、そして待っている盲目の両親に水を届けることを願って息絶える。事情を知った両親は、「われらが愛子と引き裂かれて死ぬのと同じ定めが、お前にも下るであろう」と呪った。彼はこの呪いがいま成就したのだと語り、まもなく世を去る。
過失による殺人と、それを許した被害者と、それでもなお下される呪い。この一段は、意図せざる行為にも報いがあるというインドの業(カルマ)の理解を示す例として繰り返し引かれてきた。シュラヴァナが盲目の両親を天秤棒で担いで巡礼させたという細部は、親孝行の範として今日も語り継がれている。