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フローラ
PLATE — FLORA
ROMA · ローマ神話
FLORA

フローラ

フロラ · クローリス(ギリシア)

Titian PUBLIC DOMAIN

ローマ神話で花と春の盛りを司る女神。専属の祭司を持つ古いイタリアの神格で、四月末のフローラーリア祭は花と放埒な見世物で知られた。

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解説

概要

フローラ(Flōra)は、ローマ神話で花と春の盛りを司る女神である。名はラテン語の flōs(花)から出た原イタリック語 *flōsā にさかのぼり、オスク語の女神フルーサと同源にあたる。祭祀がイタリア諸族に広く分かれていたことを示す。ローマでは、専属の祭司(フラーメン・フローラーリス)を置かれた十数柱の神格のひとつに数えられた。専属祭司を持つ神は多くない。小さな神ではなく、古い層の神である。

神話・物語

固有の物語は、オウィディウス『祭暦』第5巻がまとめて与えたものにほぼ尽きる。そこでは女神自身が語る。もとはギリシアのクローリスというニンフであり、野を歩いていたところを西風のゼピュロスに見初められて連れ去られた。ゼピュロスは彼女を妻とし、詫びとして花の領分を与えた。以来その庭からは季節ごとの花が絶えることがない。

同じ巻で、フローラは軍神マールスの誕生にも関わる。ユーピテルがひとりでミネルウァを生んだことに憤ったユーノーが、男の助けを借りずに子を得る方法を求めたとき、触れるだけで身ごもらせる花の在処を教えたのがフローラであった。花の女神を生殖の側に置く発想が、ここにはっきり現れている。

祭祀の来歴は物語より古い。ウァッローによれば、サビニ人の王ティトゥス・タティウスがすでに祭壇を捧げ、ヌマ・ポンピリウス王が専属祭司の職を設けたとされる。神殿の建立は前238年、シビュラの書の指示によるものであった。

図像と象徴

確実にフローラと同定できる古代の作例は、実のところ乏しい。花を摘む女性、花冠を戴く女性の像はいくらでもあるが、それがこの女神なのか、季節の擬人像なのか、プロセルピナなのかを決める手がかりが少ない。スタビアエのアリアドネ荘から出た有名な壁画——花を摘みながら奥へ歩み去る後ろ姿の女性——も、「フローラ」の通称で知られる一方、ペルセポネー説や「春」の寓意説が並び立ったままである。持物が特定的でないことが、この女神の図像上の難しさである。

その分、姿を決めたのはルネサンス以後の絵画であった。ボッティチェッリ《春》は、画面右端でゼピュロスがクローリスを捕らえ、その口から花がこぼれ、隣に立つ花柄の衣の女へと移り変わる場面を一続きに描く。オウィディウスの数行がそのまま構図になった稀な例である。ティツィアーノの《フローラ》(1515年頃)は、肩を露わにした若い女性が花を差し出す半身像で、以後「フローラ」は花を持つ女性像そのものの呼び名となった。

系譜と関係

夫はゼピュロス、そのラテン名はファウォニウスである。ギリシア側の対応はニンフのクローリスだが、これは訳語というより、ローマの古い女神にギリシアの物語を接いだ結果と見るべきである(インテルプレタティオ・グラエカ)。穀物の実りをケレースが、花の時期をフローラが受け持つという分担は、農事の暦の上で意味を持った。花が咲かなければ実もならない——オウィディウスは女神自身にそう言わせている。

文化的足跡

フローラーリアは、共和政ローマの祭のなかでもとりわけ放埒なものとして記憶された。その記憶は、のちにキリスト教著述家がローマの祭祀を攻撃するときの格好の材料となる。ラクタンティウスは、フローラとはもともと娼婦であった女が神に祭り上げられたものだと説明した。神格の起源を人間に求める説明が論争の武器として使われた例である。ある地域の植物相を指す学術語フロラ(flora)はこの女神の名に由来し、ボッティチェッリ以来の図像とともに、名だけは今も日常の語彙に残っている。

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領分・別名

INTERPRETATIO — 同一視・同源
クローリス ギリシア神話 同一視
オウィディウス『祭暦』第5巻。ローマの古い花の女神フローラに、ギリシアのニンフ・クローリスの名と由来譚を当てはめたインテルプレタティオ・グラエカ。ただしフローラには専属祭司と祭日があり、対等な置き換えではない。
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資料

Wikidata
Q209644 — 骨格データの出典
Commons
Flora (dea) — 図像カテゴリ