エーレモーン
エーレモン · ヘレモン · Érimón
ミール・エスパーニェの子でミレー族の侵攻の指揮者。マク・ケーフトを討ち、戦後アイルランドの北半分を得た。翌年弟エーベル・フィンを破って唯一の王となる。北部・東部王家の祖。
解説
概要
エーレモーン(Érimón、現代語 Éireamhón、英語化ヘレモン)は、ミール・エスパーニェの子——ガリシアの王ブレオガンの曾孫——で、中世アイルランドの伝説と歴史的伝承において、トゥアハ・デ・ダナーンから島を奪ったミレー族の侵攻に加わった首長の一人であり、最初期のミレー族の上王の一人である。
神話・物語
アイルランドへ来る前、兄エーベル・ドン(ドン)とともにスペインの共同統治者であった。大叔父イースが父ブレオガンの建てた塔から見たアイルランドへ平和的な遠征を行い、三王マク・クル、マク・ケーフト、マク・グレーネに殺されると、報復としてミレー族はエーレモーンとエーベル・ドンの指揮のもと大挙して侵攻した。
タルティウの戦いでトゥアハ・デ・ダナーンを破る。マク・ケーフトを討ったのがエーレモーンである。エーベル・ドンは嵐で死んでおり、上王権は北のエーレモーンと南の弟エーベル・フィンのあいだで分割された。
タルティウの戦いの一年後、エーベル・フィンが自分の取り分に不満を抱き、アルゲトロスで兄と戦った。エーベル・フィンは敗れて殺され、エーレモーンはアイルランド唯一の統治者となった。東海岸のラーハ・オインに都を築く。
治世は十四年あるいは十七年におよび、その間にレンスター、マンスター、ウラー、コナハトの王を任じたとされる。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
この人物が担うのは、ゲール人の王権の起点という機能である。中世の系譜において、北部と東部の主要な王家——ウイ・ネール、コナハタなど——はすべてエーレモーンの子孫とされた。タラの上王はその裔である。
兄弟殺しによって唯一の王となるという結末は、ロムルスとレムス、あるいはエテオクレースとポリュネイケースと同型である。建国の直後に兄弟が争い、一方が他方を殺す。
系譜と関係
父はミール・エスパーニェ、母はスコタ。兄弟はエーベル・ドン、エーベル・フィン、アメルギンら。妻はテア——タラの名祖——である。
妻テアはタラの丘に葬られ、丘の名はテアムル(「テアの城壁」)に由来するとされる。アイルランドの王権の中心地の名が、この王の妻に帰されている。
文化的足跡
『四大家年代記』は、エーレモーンの即位を世界創造から3500年(前1700年頃)に置く。中世アイルランドの年代記は、神話上の王を歴史の年表に組み込んだ。
日本語圏では、ミレー族の侵攻譚において名が挙げられる程度である。