エーベル・フィン
エーベル · エーベル・フィン · Éber Finn
ミール・エスパーニェの子でミレー族の侵攻を率いた一人。マク・クルを討ち、戦後アイルランドの南半分を得たが、一年後に兄エーレモーンと戦って敗死した。マンスター王家の祖とされる。
解説
概要
エーベル・フィン(Éber Finn、現代語 Éibhear Fionn)は、ミール・エスパーニェの子で、中世アイルランドの伝説と歴史的伝承において、アイルランドの上王にしてミレー族の血統の創始者の一人である。中世の系譜学者は、すべての主要なゲール王家をこの血統に遡らせた。
神話・物語
『アイルランド来寇の書』によれば、ゲール人の祖先はイベリア半島に住み、ミールの二人の子——エーベル・ドン(ドン)とエーレモーン——に治められていた。ミールの叔父イースがアイルランドへ航海して三王に殺されたのち、ミールの七人の子は三十六隻の船で侵攻した。
ケリー州に上陸し、タラへ向けて戦い進む。途上、三王の妻エリウ、バンバ、フォドラが、島に自分の名を付けるよう求めた。
タラでミールの子らは三王と会い、侵攻者は船に戻って第九の波の彼方まで退き、再び上陸できればアイルランドは彼らのものとするという裁定が下された。彼らは出航したが、トゥアハ・デ・ダナーンは魔法で嵐を起こし、五人の子が溺れ死んだ。残ったのはエーベル・フィン、エーレモーン、詩人アメルギンの三人であり、上陸してタルティウの戦いで島を取った。マク・クルを討ったのがエーベル・フィンである。
アメルギンは島を二人の兄弟に分けた。北をエーレモーン、南をエーベル・フィンに。しかし一年後、エーベル・フィンは自分の取り分に不満を抱き、ノア川沿いのアルゲトロスで兄と戦った。そこで敗れて殺された。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
兄弟による島の南北分割と、その一年後の内戦——アイルランドの歴史的な南北の対立(マンスターとレンスター対ウラーとコナハト)の起源譚として、この物語は機能する。エーベル・フィンの子孫はマンスターの王家に、エーレモーンの子孫は北部と東部の王家に配された。
系譜と関係
父はミール・エスパーニェ、母はスコタ。兄弟はエーレモーン、アメルギン、ドンら。討ち手はエーレモーン。
中世の系譜では、エーベル・フィンの子孫からエオーガナハト——マンスターの支配王家——が出るとされる。
文化的足跡
「エーベルの裔」「エーレモーンの裔」という区分は、中世アイルランドの系譜学の基本的な枠組みであった。実在の王家が、神話上の兄弟のいずれに属するかによって分類された。
日本語圏では、ミレー族の侵攻譚において名が挙げられる程度である。