ブレオガン
ブレオガーン · ブレゴン · イース(子)
ゲール人の祖の一人でイベリアにブリガンティアの都市と塔を建てた。子イースが塔の頂からアイルランドを見て渡り、三王に謀殺されたことがミレー族の侵攻を招く。ガリシア州歌に歌われる。
解説
概要
ブレオガン(ブレオガーン、ブレゴンとも)は、『アイルランド来寇の書』——中世キリスト教によるアイルランドとゲール人の歴史——に登場する人物である。ブラートの子とされ、ゲール人の祖の一人と描かれる。
『来寇の書』は、ゲール人がアダムからノアの子らを経て下り、いかにしてアイルランドへ来たかを語る。
神話・物語
ゲール人は四百四十年にわたって地上を彷徨い、一連の試練を経たのち、イベリアへ航海してこれを征服した。そこで指導者の一人ブレオガンが、ブリガンティアという都市を建て、大きな塔を築く。
この塔の頂から、子イースがアイルランドを垣間見た。イースは平和的な遠征でアイルランドへ渡り、トゥアハ・デ・ダナーンの三王——マク・クル、マク・ケーフト、マク・グレーネ——に迎えられたが、この島の豊かさを讃えたために、これを狙っていると疑われ、謀殺された。
この殺害が、甥ミール・エスパーニェの子らによる侵攻を招く。ゲール人——ブレオガンの子らの一部を含む——はブリガンティアからアイルランドへ航海し、トゥアハ・デ・ダナーンとのあいだで島を分けることに合意する。トゥアハ・デ・ダナーンは異界を取った。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。ただしア・コルーニャのヘラクレスの塔の傍らには、ブレオガンの巨像(1994年)が立つ。
ブリガンティアはおそらく現在のガリシア地方ア・コルーニャを指し、ブレオガンの塔はローマ人がそこに建てたヘラクレスの塔——あるいはバベルの塔——に基づくとみられる。塔の頂から遠くの島を見るという主題は、聖ブレンダンの航海譚にも並行例がある。
ゲール人がヒスパニアから来たという観念は、イベリアとヒベルニア、ガリシアとゲールの名の類似に基づくとみられる。中世の疑似歴史家は、他の民族についても同様の主張を名の類似から行った。
イースの死は、キアンやアンドロゲオースと同じく、死によって物語を起動する人物の型に属する。平和的な訪問者が疑われて殺され、その報復として侵攻が起こる。
系譜と関係
父はブラート。子はイース、ビレら。孫はミール・エスパーニェ。
文化的足跡
ガリシア州歌『オス・ピノス』(1907年)は「ブレオガンの家」としてガリシアを歌う。ガリシアのケルト的アイデンティティの根拠として、この伝承は今日も参照されている。
ヘラクレスの塔は現存する最古のローマ期灯台であり、2009年に世界遺産に登録された。その傍らにブレオガンの像が置かれていることは、神話と遺構の結びつきを示している。