デヴァナ
ジェヴァンナ · ジェヴァナ · ゼヴァナ
西スラヴの森と狩りの女神。15世紀のドゥウゴシュがローマのディアーナに擬して記したのが初出で、長く偽の神とされてきたが、近年は実在を認める研究者が増えている。
解説
概要
デヴァナ(ポーランド語 Dziewanna、ラテン語 Dzewana、チェコ語 Devana)は、西スラヴの森と野生、狩り、そして月を司るとされる女神である。15世紀のヤン・ドゥウゴシュが、ローマのディアーナに擬して記したのが実質的な初出にあたる。
ブリュクナーの手厳しい批判を受けて、20世紀のあいだは実在しない神として退けられることが多かった。近年は地名と民俗の裏づけから、実在を認める研究者が増えている。冬と死の女神モレーナと対をなす形で、春の民俗行事に現れる。
神話・物語
物語らしい物語は伝わらない。伝わるのは、名と、名の付いた人形である。
最も古い言及とされるのは、13世紀ボヘミアの語彙集『マーテル・ウェルボールム』の古チェコ語注記で、「ディアーナ、ユピテルとラトナの娘」に「デヴァナ、レトゥニツァとペルーンの娘」と注する。ただしこの写本の注記はハンカによる偽作と判明しており、史料としては使えない。
中心の典拠は『ポーランド王国年代記』である。ドゥウゴシュは、レフ人の国が広大な森と木立を含む地に興ったため、古の人々はそこにディアーナが住み、その支配下にあると信じたと述べる。他方でケレースは、国が必要とする実りの母にして女神と考えられた。この二柱——彼らの言葉でジェヴァンナと呼ばれるディアーナ、マジャンナと呼ばれるケレース——が格別に崇められた、と書く。
別の箇所で彼は、ミェシュコが異教の偶像を沈めよと命じたことに触れ、その破壊と水没が今もポーランドのいくつかの村で繰り返されており、レターレの主日にデヴァナとモレナの像を長い棒に載せて運び、沼に投げ込むのだと記す。ただし「死を溺れさせる」習俗が偶像破壊の名残だというドゥウゴシュの説明は誤りで、この習俗は彼の年代記より前、1420年代の教区法令ですでに戒められている。
16世紀のビェルスキは同じ習俗をより具体的に伝える。白の主日に、麻や藁の束に人の衣を着せた偶像を村じゅう見せて回り、近くの湖か水たまりで衣を剥いで水に投げ入れ、悲しげに歌う。それから走って家へ帰り、途中で転んだ者はその年のうちに死ぬと言われた——。彼はこの偶像をマジャナと呼び、ジェヴァンナはディアーナだろうと述べている。ストルィコフスキ、ミェホヴィタ、グアニーニ、クロメルらも同じ女神に触れる。
ドゥウゴシュ以外の系統では、コルベルクの記録がある。南部ソルブ人にジヴィツァ(Dživica)という森と狩りの女神がおり、弓矢を持ち、猟犬を連れた美しい女で、月明かりの下でも狩りをするという。昼に森へ長居する者には「ジヴィツァが出ないよう気をつけろ」と言う。
図像と象徴
中世の図像はない。本項の主画像は現代の画家アンドレイ・シシキンによる想像図で、スヴァローグやダジボーグの項に用いたものと同じ系列の絵である。
弓と猟犬という道具立ては、ディアーナの図像がそのまま持ち込まれたものと見るべきである。ドゥウゴシュが同定に用いたのがローマの女神である以上、後続の絵はローマの図像を写すほかなかった。この女神の「姿」は、名の翻訳から逆算されている。
ポーランド語のジェヴァンナ(dziewanna)は、モウズイカ属(Verbascum)の草の名でもある。皮膚の手当てや呼吸器の薬に用いられた。ただしシイェフスキは、この草が「聖母の編み髪」とも呼ばれたことを指摘しており、草名と神名のどちらが先かも定まっていない。
系譜と関係
名の由来は定まらない。最も分かりやすいのは dziewa, dziewka「娘、若い女」、dziewica「処女」からの説明である。古ポーランド語 dziwy「野生の」を挙げる説もある。
印欧祖語の天空神 Dyēus と結ぶ説もある。ポーランド語とチェコ語のジヴォジョナ、ロシア語のディヴ、ブルガリア語とクロアチア語のサモディヴァといった、似た名の精霊がスラヴの民間伝承に広く分布する。これらはスラヴ祖語 diva(divъ の女性形)に遡り、divъ は Dyēus から deywós を経て導かれる。バルトのディエヴァスが最も近い同源語にあたる。スラヴ語圏で *Dyēus が悪霊の性格を帯びたのは、ゾロアスター教の改革によって同じ語を悪魔化したイラン系の民との接触の結果と考えられている。
ドゥウゴシュの神々の一覧そのものが激しく争われてきた。ブリュクナーは、これをローマのパンテオンを鋳型に作った作り物と断じ、その影響で20世紀の研究者の多くがデヴァナを退けた。近年は評価が動いている。パヴロフ丘陵のジェヴィーン、デヴィーンスカ・ノヴァー・ヴェス、マクデブルクのスラヴ語名デヴィンといった地名、およびソルブ人のジヴィツァの民俗が、名の古さを支える材料として挙げられる。
東スラヴでは、『聖グレゴリオスの説教』がモコシやペルーンと並べてディヴァ(Diva)を挙げるのが、唯一それらしい言及である。ユングマンはこれをラダの別名と考えたが、確かなことは言えない。
文化的足跡
モレナの人形を運んで水に沈める春の行事は、ポーランド、チェコ、スロヴァキアで今も春分の頃に行われている。人形を壊したあと、若者が森から小さな樅を切り出して飾りを付け、「五月」あるいは「夏」と呼んで家々を回るという続きの部分が、デヴァナに当たると論じられてきた。フレイザーは『金枝篇』でシレジアのこの習俗を紹介し、ポーランドではこの人形を春の女神デヴァナと呼ぶ、と書いている。
シフィェンティ・クシシュ(ウィサ・グラ)に伝わる「傲慢な貴婦人」の伝説——アレクサンドロス大王を破ったのちに驕り、自らをディアーナと称して神の怒りを買い、城を雷で滅ぼされたという話——を、デヴァナの反映と読む研究者もいる。
冬を流し、春を迎えるという一組の行事のうち、送られるほうの名だけがモレーナとして広く知られ、迎えられるほうの名は忘れられかけた。デヴァナが疑われ続けてきた理由の一端は、そこにもある。