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モレーナ
PLATE — MORANA
SLAVI · スラヴ神話
MORANA

モレーナ

モラナ · マジャンナ · マルザンナ

Matěj Baťha CC BY-SA 3.0

冬と死を体現するスラヴの女神。春分の頃、藁と布で作った等身大の人形を村じゅう引き回し、焼いて川へ流す。ポーランドやチェコで今も続く「冬送り」の主人公である。

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解説

概要

モレーナ(Morana / Morena)は、冬と死を体現するスラヴの女神である。ポーランドではマジャンナ(Marzanna)、ロシアではマレーナ、ウクライナではマーラ、リトアニアではモレーと呼ばれる。名は死を意味する印欧語根 mer-, mor- に遡り、ラテン語 mors、リトアニア語 maras(疫病)、ロシア語 mor(疫病)と同じ系統にある。

この女神がスラヴ神話の他の神格と違うのは、神殿でも神話でもなく、いまも行われている習俗を通して知られている点である。春分の頃、藁と布で作った等身大の女性の人形を村じゅう引き回し、焼き、川に流す。ポーランド、チェコ、スロヴァキア、リトアニアで今日まで続くこの行事の主人公が、モレーナである。

由来と物語

神格としての記録は乏しく、しかも扱いに注意がいる。

15世紀の『ポーランド王国年代記』で、ヤン・ドゥウゴシュは966年のミェシュコ1世の受洗に触れ、破壊された偶像のうちジェヴァンナとマジャンナの像が長いハシバミの棒に掛けられて沼へ投げ込まれた、と記す。彼はマジャンナをローマのケレースに、ジェヴァンナをディアーナに当てている。人形を棒に掛けて水へ投じる後代の民俗と構造が一致しており、そのぶん重い証言である。ただしドゥウゴシュはローマのパンテオンを鋳型にポーランドの神々を並べており、ブリュクナー以来その信頼性は争われてきた。

一方、13世紀の写本マーテル・ウェルボールムがモラナをギリシアのヘカテーに当て、妖術と結びつけているという記述は、しばしば「中世の証言」として引かれる。しかしこの注記は、1877年にバウムとパテラがヴァーツラフ・ハンカによる19世紀の書き入れと立証したものであり、史料としては使えない。

儀礼そのものについての確実な記録は、1420年のポズナン教会会議にさかのぼる。聖職者に対し、日曜に「死の像」を担いで水たまりに沈める習慣を許すな、と命じている。禁じられたということは、行われていたということである。行事はもともと四旬節第四主日に置かれ、3月21日に固定されたのは20世紀に入ってからである。なおイヴァノフとトポロフの流れを汲むカティチッチとベライは、モレーナをペルーンの娘、ヤリーロの双子の姉妹にして妻とし、夫の裏切りを罰して殺したのち霜の老婆と化す、という循環を復元しているが、これは民俗資料からの再構成であって原典の物語ではない。

図像と象徴

図像は人形そのものである。藁を芯にし、白い布で巻き、リボンと数珠玉で飾る。花嫁の衣装を着せる地方もあれば、老婆に仕立てる地方もある。プラハの民族学博物館(ムサイオン)が展示する一体は、麦藁の帽子をかぶり、卵の殻と布片を連ねた首飾りを幾重にも掛け、両手から穂束を垂らしている。冬の女神でありながら、身につけているのは春と実りの徴である。

行列の作法は細かい。人形は棒に掛けて家々を巡り、道すがら出会う水たまりや小川のたびに浸される。夕方には若者に引き継がれ、火を点したネズの枝に照らされて村の外へ運ばれ、焼かれてから水に投じられた。禁忌も添う。水に入った人形に触れれば手が萎える。帰り道に振り返れば病む。つまずけば一年のうちに身内が死ぬ。上シレジアでは、マジャニョクと呼ばれる男の人形が対になって担がれた。

対をなすもう一つの所作が、この儀礼の文法を明かす。人形を壊した一行は、リボンと卵の殻と花で飾った松や樅の若木——ガイク、あるいは「夏(ラトコ)」と呼ばれる——を担いで村へ帰る。冬を運び出し、夏を運び入れる。フレイザーの感応呪術がしばしば引かれるのはこの対称ゆえだが、二つの行事はもともと時期も由来も別で、現在の一続きの形は後代に結び合わされたものと見られている。

系譜と関係

原典に系譜はない。ドゥウゴシュのケレース、そして常に対で語られるジェヴァンナが、文献上の唯一の関係である。春の女神として名の挙がるヴェスナ、ラダ、コストロマーはモレーナと対をなす存在として紹介されることが多いが、これらの神名自体、確実な古い典拠を欠く。ラトヴィアのマーラを同一視する記述も広く流布しているものの、マーラは聖母マリアと深く融合した民間伝承上の存在であり、慎重を要する。確かな比較対象は、むしろ儀礼のほうにある。東スラヴのマースレニツァでは、大斎に入る前の最終日に藁の女人形を焼く。名も日取りも違うが、冬を人の形にして始末するという発想は同じである。

文化的足跡

教会はこの習俗を繰り返し禁じ、18世紀初めには、聖週間の水曜に教会の塔からユダの人形を投げ落とす行事に置き換えようとした。定着しなかった。19世紀にはオスカル・コルベルクが各地の作法と歌を大部の民俗誌に記録し、それが今日の復元の土台になっている。現在のマジャンナ流しは、聖なる性格をほとんど失って春を迎える学校行事になった。子どもたちが自分で人形を作り、歌いながら川へ運ぶ。神話としては最も痩せた記録しか残さなかった女神が、儀礼としては最もよく生き延びたことになる。ゲームや漫画では冬や死を司る女神として登場するが、その造形は民俗の人形とも、ドゥウゴシュの記述とも別のものである。

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領分・別名

INTERPRETATIO — 同一視・同源
ケレース ローマ神話 同一視
ドゥウゴシュ『ポーランド王国年代記』(15世紀後半)がマジャンナをケレースに当てる。ただしローマの神名を鋳型にした記述であり、ブリュクナー以来その信頼性には議論がある
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資料

Wikidata
Q936979 — 骨格データの出典
Commons
Morana — 図像カテゴリ