ダジボーグ
ダジボグ · ダジュボグ
スラヴ神話の太陽神。980年にキエフの丘に立てられた六柱の神像の一つで、名は「与える神」「富を与える者」と解される。マララス年代記の訳で鍛冶神スヴァローグの子「太陽」に当てられた。
解説
概要
ダジボーグ(Дажьбогъ / Dazhbog)は、スラヴ神話の太陽神である。980年にウラジーミル1世がキエフの丘に立てた六柱の神像の一つで、名は「与える」と「神」を組み合わせた形と解される。スラヴ語の「神」はもともと「分け前、富」の意味も持っていたため、「富を与える者」と読む説もあり、富の神としての性格はこの語源による。
太陽神とする根拠は、鍛冶神スヴァローグの子を「太陽」と呼んでダジボーグに当てた一つの注記にある。
神話・物語
史料は三つの系統に分かれる。
一つ目は『原初年代記』の980年の条である。ダジボーグの名は、ペルーン、ホルスに次ぐ三番目に記される。像の姿や祭祀は書かれていない。
二つ目は、イパーチー写本の『原初年代記』1114年の条に組み込まれた、マララスの世界年代記のスラヴ語訳である。エジプトの王ヘーパイストス(スヴァローグ)の没後、子の「太陽」が王となり、これをダジボーグと呼ぶとある。ギリシアのヘーリオスに当たる箇所である。
三つ目は『イーゴリ遠征物語』で、公たちの争いのなかで「ダジボーグの孫」の命が失われたと嘆く。この「孫」はルーシの民、あるいは公の一族を指すと読まれ、ダジボーグを民の祖とする理解の根拠になってきた。ただし同じ作品は風を「ストリボーグの孫たち」と呼んでおり、「孫」は血筋ではなく、その神に属するものを言う慣用であった可能性もある。
南スラヴには、セルビアの民間伝承に「ダボグ」という名が残る。天の神に対して地上を治める者とされ、のちには悪魔に近い存在として語られた。ヤギチは、これをダジボーグの名が異端の二元論の影響で転じた姿と見ている。
図像と象徴
中世の像も描写も伝わらない。本ページに掲げたのは現代の画家アンドレイ・シシキンの絵である。日輪を掲げ、光を背負う姿という今日の通念は、近代以降の絵画と、太陽神という位置づけからの想像による。
系譜と関係
マララスの注記は、ダジボーグをスヴァローグの子とする。同じく「スヴァローグの子」を名に負うスヴァロジチとは兄弟にあたり、両者を同じ神と見る研究者もいる。しかし異教を戒める説教『聖グレゴリオスの言葉』が二柱を別々に挙げていることから、この同一視には批判がある。
ホルスとの関係も議論の的である。『原初年代記』の神名の列で、ホルスとダジボーグのあいだにだけ接続詞が置かれないことから、二つの名を同じ太陽神の別名と読む説がある。暁の乙女ゾリャーをダジボーグの娘とする話も広く語られるが、中世の記録に基づくものではない。
文化的足跡
「ダジボーグの孫」という言い回しは、近代以降、東スラヴの人々が自らの起源を語るときにしばしば引かれてきた。現代のスラヴ新異教主義(ロドノヴェーリエ)でも、光と恵みを与える太陽神として崇められている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。