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モコシ
PLATE — МОКОШЬ
SLAVI · スラヴ神話
МОКОШЬ

モコシ

モコシュ · マコシュ · Makosh

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スラヴ神話の女神。キエフ大公ウラジーミル1世が丘に立てた異教の神々のうち、ただ一柱の女神である。物語は一行も残らず、その姿は紡織と湿潤、女性の仕事の守護者として後世に復元された。

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解説

概要

モコシ(Мокошь / Mokosh)は、キリスト教受容以前の東スラヴで崇拝された女神である。スラヴ神話の神格のうち、その名が確実に古い時代へ遡る数少ない一柱であり、しかもただ一柱の女神でもある。980年、キエフ大公ウラジーミル1世が都の丘に異教の偶像を並べたとき、ペルーン、ダジボーグら五柱の男神に続いて最後に記されたのがモコシであった。この記録を伝えるのが原初年代記である。ただし年代記は名を列挙するのみで、その職能を一言も説明しない。今日語られるモコシ像は、断片的な言及と民間伝承から後世に復元されたものである。

神話・物語

モコシについての物語は、一篇も現存しない。異教を戒める説教(「言葉」「教え」と呼ばれる文書群)に、精霊ヴィーラらと並べて名が挙がるものの、そこでも姿かたちは描かれない。したがって「モコシの神話」を語ることはできず、語りうるのはその名がどう扱われ、どう生き延びたかである。

語源からの復元では、名はスラヴ祖語 *mok-(「濡れた・湿った」)に遡るとされ、イヴァノフとトポロフはこの語源を確実なものとみなした。この線からは、湿潤と水、大地の実りと豊穣を司る女神像が導かれる。もう一つの手がかりは民俗誌にある。19世紀末のロシア北部では、夜に羊の毛を刈り、亜麻や羊毛を紡ぐ「モクーシャ」という家の精霊の名が記録された。頭が大きく腕の長い女の姿で語られるこの家霊に、かつての女神の名残を見る解釈である。

図像と象徴

確実にモコシを描いたと言える古代の図像は存在しない。神殿彫刻も神像も伝わらず、その姿は言葉の上でしか再構成できない。それでも民俗のうちに、女神と結びつく事物は残った。紡錘と糸、亜麻と羊毛——女性の手仕事そのものが、供物として彼女に捧げられた。金曜日は彼女の日とされ、東スラヴの女たちはこの日に糸を紡ぎ、機を織り、洗濯することを固く忌んだ。女神の日に糸を紡ぐことは、女神自身と手仕事を競うことにほかならなかったからである。ソ連の考古学者ルィバコフは、ノヴゴロドなどから多数出土する紡錘車をモコシの支配の象徴と解し、彼女を運命を織りなす母なる女神として大きく描いた。ただしこの復元は史料の裏づけを超えて踏み込んでおり、慎重に扱うべき仮説である。刺繍や織物に見られる、両手を広げた女性像や四分割の菱形文様を彼女に結びつける説もあるが、いずれも確証はない。

系譜と関係

モコシに定まった系譜はない。原典が物語を欠く以上、親も配偶者も伝わらない。19世紀以降の復元神話は、天の雷神ペルーンと地の女神モコシを対に置き、天と地の聖なる結合として描くことがある。だがこれはルィバコフらの再構成であって、原典に語られた婚姻ではない。比較神話の視点からは、糸を紡ぎ運命を司る女神として、北欧のフリッグやノルン、ギリシアのモイライとしばしば並べて論じられる。ただしこれは機能の類似であって、歴史的に同一の神ではない。

文化的足跡

モコシは、スラヴの神々のなかで最も長く生き延びた一柱である。偶像が倒された後、その崇敬の多くは正教の聖女パラスケヴァ(金曜の聖パラスケヴァ、パラスケヴァ・ピャートニツァ)へと流れ込んだ。糸紡ぎと水、金曜日を司るこの聖女は、モコシの後身とみなされてきた。もっとも近年の研究では、パラスケヴァの紡織や金曜との結びつきはキリスト教側にも根をもつと指摘され、この同一視を単純に古い女神の存続とみる見方には慎重論もある。いずれにせよ、女たちが金曜の手仕事を忌む慣習は19世紀に至るまで村々に残った。神々が敵の筆によってのみ記録されたスラヴにあって、二重信仰と呼ばれる重層のなかで、家と女性の女神が天の神々より長く命脈を保ったのである。現代では、女神復興を掲げる新異教主義や、ゲーム・アニメ等の創作にもその名が用いられている。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q817358 — 骨格データの出典
Commons
Mokosh — 図像カテゴリ