ヴォーロス
ヴェレス · ヴォロス
東スラヴの年代記に「家畜の神」として名が残る神で、ヴェレスの形でも伝わる。ビザンツとの条約でペルーンと並んで誓いに呼ばれた。雷神に追われる地下の蛇という像は、20世紀の研究者の復元である。
解説
概要
ヴォーロス(Волосъ / Volos)は、東スラヴの年代記に「家畜の神」として名が残る神である。ヴェレス(Велесъ / Veles)の形でも伝わり、両者を同じ神の異なる語形と見るのが通説だが、別の存在とする研究者もいる。キエフの公が立てた神々の列には入らず、像は丘の下の商人と職人の地区にあったとされる。家畜と富、誓約に関わり、民俗の層では死者と冥界にも結びつけられる。
雷神ペルーンに追われる地下の蛇という像は広く知られているが、これは20世紀の研究者の復元であり、中世の文献にその筋は書かれていない。
神話・物語
年代記に残る記録は条約の誓いに限られる。『原初年代記』によれば、907年と971年のビザンツとの条約で、ルーシの異教徒はペルーンと「家畜の神ヴォーロス」にかけて誓った。ペルーンが公と従士団の神であったのに対し、ヴォーロスは交易と富に関わる広い層の神であったという見方は、この並びから生まれた。
980年にウラジーミル1世がキエフの丘に立てた六柱の像のなかに、ヴォーロスはいない。その像は丘の下の船着き場に近い地区にあったとされ、『ウラジーミル伝』は、受洗の際に大公がこれをポチャイナ川に投げ込ませたと記す。北東のロストフについては、15世紀の『ロストフのアヴラーミイ伝』が、町の一角で崇められていた石のヴェレス像をアヴラーミイが砕いたと伝える。ヤロスラヴリの建都伝説にもヴォーロスの聖所が現れるが、記録されたのは18世紀末である。
ヴェレスの形は『イーゴリ遠征物語』にも見え、歌い手ボヤンが「ヴェレスの孫」と呼ばれる。ここから詩歌と霊感の神という像が導かれてきたが、「ヴェレス」を「偉大な」に通じる語と読んで神名と見ない解釈もある。チェコでは近世の文献に、ヴェレスが悪魔の名として現れる。
物語としては、イヴァノフとトポロフの「基本神話」が、ヴォーロスを地の底に住む蛇の姿の神とし、家畜や水を奪って雷神に追われる敵に位置づけた。民間伝承と語彙の比較から組み立てられた復元であり、この再構成のうえで、ヴォーロスが雷神の妻や子を奪うといった筋も補われている。
図像と象徴
中世の像がどのような姿であったかは伝わらない。家畜、毛(ロシア語で「毛髪」を意味する volos と同じ響き)、角のある獣、蛇といった結びつきは、民俗と名の響きからの推定を含む。確かなのは民俗の側で、収穫の終わりに畑の一角を刈り残し、穂を束ねて「ヴォーロスの髭」と呼ぶ習わしがロシア各地で記録されている。のちにこれを聖人の髭と呼び替えた地方もある。本ページに掲げたのは現代の画家アンドレイ・シシキンの絵である。
系譜と関係
原典に親子や配偶の記述はない。語られる関係は、先の基本神話と、カティチッチやベライの復元に基づく。死者の国ナヴを治めるという説明も、民俗資料からの再構成である。
ヴォーロスとヴェレスの関係は研究者のあいだで割れている。ニーデルレらは別の神と考え、ウォミャンスキらは、家畜の神ヴォーロスが聖ヴラシイ(聖ブラシオス)への崇敬から生まれたと見た。多くの研究者は逆に、もとの神の家畜を守る役が、名の響きの近い聖ヴラシイに引き継がれたと考える。比較の上では、バルトのヴェルニアスと語根を共有するとする説がある。
文化的足跡
名は土地の伝承に残り、ペルーンの峰の麓にあるイストリアの村ヴォロスコの名をヴォーロスに結びつける説もある。20世紀には、ヴォーロスの名を冠した偽作『ヴェレスの書』が作られ、現代のスラヴ新異教主義(ロドノヴェーリエ)でも崇敬の対象になっている。ペルーンと対をなすスラヴの主要な神として、小説やゲームにも登場する。