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ヴィーラ
PLATE — ВИЛА
SLAVI · スラヴ神話
ВИЛА

ヴィーラ

ヴィラ · ヴィリ · ウィリ

Вера Хлебникова PUBLIC DOMAIN

主に南スラヴで語られる女性の自然精霊。白鳥や狼に姿を変え、輪舞に近づいた者を踊り殺す一方、英雄には義姉妹として力を貸す。ニンフに近い両義的な存在。

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解説

概要

ヴィーラ(vila、複数形 vile / víly)は、スラヴ圏の女性の自然精霊である。ギリシアのニュンペーに近い位置を占め、主に南スラヴで語られる。ブルガリアではサモディヴァ、サモヴィラ、ユダ、チェコではヴィーラあるいはディヴォジェンカ、ポーランドではヴィワ、スロヴァキアとスロヴェニアではヴィーラと呼ぶ。

人に対しては友好にも敵対にもなる。輪舞に近づいた者を死ぬまで踊らせる一方で、英雄には義姉妹となって力を貸す。この二面性が、ルサールカのような一方的に危険な存在とヴィーラを分けている。シュネーヴァイスのように両者を同一と見る研究者もいるが、民俗の側では扱いが違う。

神話・物語

ヴィーラは三種に分けられる。野と森に住むもの、水辺に住むもの、雲と大気に住むものである。白鳥、隼、馬、狼に姿を変え、雲の精はつむじ風となって現れる。夜には笛と太鼓の恐ろしい音を立てて雲の上を歩き回る。彼女たちに呼びかけた者は身がこわばって動けなくなり、病を得て一年か二年のうちに死ぬという。

力の源は髪である。一本でも失えば、そのヴィーラは死ぬか、獣の姿に永く閉じ込められる。馬や牡鹿に乗り、蛇を鞭にし、狩りをし、輪舞(セルビア・クロアチア語でヴィリノ・コロ、ブルガリア語でサモディフスキ・イグリシュテ)を踊る。雲の端に城を築き、矢で人の心を惑わせ、子をさらって取り替え子を置いていく。癒しの術に長け、戦士のような気性を示す点は、スラヴの精霊のなかでは珍しい。北欧のワルキューレとの比較がしばしば持ち出される所以である。

セルビアとクロアチアの英雄叙事詩では、多くの英雄がヴィーラを義姉妹(ポセストリマ)に持つ。最も知られるのはラヴィヨイラで、この名は大天使ラファエルに由来するらしい。ボシュニャクの叙事詩でも、ヴィーラは戦士の道を導き、傷ついた者を養う。フルニツァ兄弟をヴィーラが育て、一人には力を、一人には美しさを授けたという話は広く知られている。

出自の説明は土地によって違う。雨がやんで陽が差し虹が立つとき、花の露から生まれる自然の化身とするもの。罪が深すぎて天にも地獄にも受け入れられなかった女とするもの。スロヴァキアでは、婚礼の前に死んだ乙女の安らげぬ魂で、夜ごとさまよって若者を死の輪舞へ誘う。ポーランドとセルビアでは、軽薄な生を送ったために神に呪われた高慢な娘とされる。キリスト教が入ったのちに死霊としての性格が強まったことが、この分化から読み取れる。

チェコの伝承では、ヴィーラはほぼ一貫して悪意ある存在である。森や湿地に住み、美しい容姿と声で迷い込んだ男を誘い、輪舞に加わった者は二度と家へ帰れない。逆にスロヴェニアでは「白い貴婦人」と訳され、産に立ち会う女や英雄を助ける賢く慈悲深い存在とされる。同じ名が、地域によってほとんど逆の性格を負っている。

図像と象徴

古い神像はない。祭祀の痕跡としては、ヴィーラが住むと考えられた洞窟の前に花と食べ物と飲み物を供える習わしが記録されている。

本項の主画像は、ヴェーラ・フレブニコワ(1891–1941)が兄の詩「森の憂愁」のために1920年代に描いた挿絵である。長い髪の女性像として描く近代の型を示す。

名の語源は定まらない。動詞 viti「巻く」や教会スラヴ語 vichъrь「つむじ風」に結びつける説、サンスクリット vāyú-「風」を経て印欧祖語 *u̯ēi̯o-「風」に遡らせる説がある。一方、古ポーランド語 wiła は「愚か者、狂人」を意味した。ブリュクナーは、ヴィーラを見た者は気が狂うと信じられたためではないかと考えている。

系譜と関係

系譜はない。ヴィーラは個体の名を持たず、群れとして語られる。

人間との関係では、ヴィーラから力を授かった者を指す語がセルビア・クロアチア語に残る。ヴィロヴニャク、ヴィレニャク、ヴィレニツァ、ヴィラシュがそれで、いずれも「妖精魔術師」とでも訳すべき呼び名である。イストリアのクルースニクも、その術をヴィーラから授かったとされる。ヴィレニツァは幼いころヴィーラにさらわれて育てられた、あるいは特別な知識を授かったとされる女性で、村では医者や薬師として受け入れられた。魔女(ストリゲ)とは区別されている。1660年のドゥブロヴニクの魔女裁判では、白い尼僧の姿をした「ヴィーラおばさん」から知識を得てヴィレニツァになったと主張する女性が、同じ地区の九人のストリゲ(ストシガの南側の呼び名)を告発した。うち二人は自白して処刑されている。

助ける側の女と、裁かれる側の女とを分ける境界線が、ヴィーラという語のまわりに引かれていたことになる。

文化的足跡

19世紀のドイツ語圏で、ヴィーラは「婚礼前に死んだ乙女の霊ヴィリ」として紹介された。ハイネは1835年の『ドイツ論』で、墓に安らげず夜ごと街道に現れて若者を死ぬまで踊らせる娘たちとして鮮やかに描いている。ヴィクトル・ユゴーも『東方詩集』(1828年)に「レ・ウィリ」を詠み込んだ。

この系譜から生まれたのが、アドルフ・アダンのバレエ『ジゼル』(1841年パリ初演)である。恋人に裏切られて死んだ娘たちの霊ウィリが、月明かりの森で若者を踊り殺し、夜明けとともに消える。プッチーニの最初のオペラ『妖精ヴィッリ』(1884年)も同じ題材を用いた。レハールの『メリー・ウィドウ』(1905年)の劇中歌「ヴィリアの歌」では、狩人が「森の魔女」ヴィリアに恋い焦がれる。

現代では、J・K・ローリングの『ハリー・ポッター』シリーズに登場するヴィーラ(veela)が最もよく知られる。歌と踊りで男を惑わせ、怒ると鳥のような姿に変わって火の玉を放つ。第4巻でブルガリア代表のマスコットとして現れる設定は、この存在が南スラヴのものであることを踏まえている。チェコスロヴァキアのテレビアニメ『アマールカ』(1975年)の主人公も、霧とそよ風から生まれた森のヴィーラである。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q854827 — 骨格データの出典
Commons
Vily — 図像カテゴリ