バイラヴァ
カーラ・バイラヴァ · バイラヴァル · ダンダパーニ
「恐ろしい者」を意味するシヴァの憤怒相。ブラフマーの首を刎ねた罪を負って三界を巡り、カーシーで解かれた。犬を乗騎とし、聖地の守護者として祀られる。
解説
概要
バイラヴァ(Bhairava / भैरव)は「恐ろしい者」を意味し、シヴァの憤怒相である。棒(ダンダ)を執って罪ある者を罰することからダンダパーニ、犬を乗騎とすることからシュヴァーシュヴァとも呼ばれる。カシミールのシヴァ派では至高の実在そのものと位置づけられ、タントラの系譜では中心をなす神格である。インドにとどまらず、ネパール、スリランカ、インドネシア、そしてチベット仏教圏でも篤く祀られてきた。
神話・物語
起源譚は『シヴァ・プラーナ』が伝える。ブラフマーとヴィシュヌが優劣を争ったとき、シヴァは光の柱として現れて決着をつけようとした。ブラフマーは柱の上端を見つけたと偽り、勝利を宣言する。その虚偽と傲慢を罰するため、シヴァは眉間からバイラヴァを生み出した。指示を求めたバイラヴァに、シヴァは鋭く速い剣をもってブラフマーを「礼拝」せよと命じる。バイラヴァはブラフマーの第五の頭を刎ねた。ヴィシュヌが取りなし、二神はシヴァを礼拝したという。
だがバラモン殺し(ブラフマハティヤー)の罪は残った。罪が恐ろしい女の姿をとって追いすがり、ブラフマーの髑髏は手に貼りついて離れない。バイラヴァは贖罪のために三界を巡り、ヴァイクンタではヴィシュヌとラクシュミーに迎えられた。そして解脱の都カーシー(ヴァーラーナシー)に至ったとき、ブラフマハティヤーは彼を離れ、髑髏も手から落ちたと語られる。
別伝では、五つの頭をもつ点で自分はシヴァと等しいと考えたブラフマーの慢心が事の起こりとされる。シヴァが自らの髪の一房を投げると、それがバイラヴァとなって首の一つを刎ねた。髑髏(カパーラ)が手に握られたとき、ブラフマーの自我は砕け、彼は覚りを得たとする。同じ出来事を、罰として語るか覚りへの契機として語るかで、伝承の性格は大きく変わる。
図像と象徴
裸形で、捩じれた蛇を耳飾り・腕輪・足環・聖紐として身につけ、虎皮をまとい、人骨を連ねた前掛けを着ける。手には髑髏の杯、ダンダ、三叉戟。乗騎は犬(シュヴァーナ)で、脚もとに寄り添う姿が定型である。大英博物館が所蔵する石像は、逆立つ火焔状の髪と四臂、そして足もとの犬を具えた作例として知られる。
八つの顕現形アシュタ・バイラヴァ——アシターンガ、ルル、チャンダ、クローダ、ウンマッタ、カパーラ、ビーシャナ、サンハーラ——が数えられる。配偶神バイラヴィーはカーリーとほとんど区別しがたい憤怒の女神で、バイラヴァの妃であるという点だけが実質的な弁別特徴となる。
系譜と関係
シヴァの憤怒相であり、別個の神格として立てられているわけではない。カシミール・シヴァ派(トリカ)は絶対的実在そのものをバイラヴァと呼ぶ。その根本典籍『ヴィジュニャーナ・バイラヴァ・タントラ』は、バイラヴァと妃バイラヴィーの対話という形式で、意識の変容に至る112の技法を説く。同書は『ルドラヤーマラ・タントラ』の一章であり、バイラヴァ系のアーガマに属する。
女神の聖地群シャクティ・ピータには、それぞれを守るバイラヴァの祠が伴うとされ、その数は52を数える(カーマーキヤー寺院を除く)。またカーラ・バイラヴァは、土星の神シャニの師(グル・ナータ)と位置づけられる。
文化的足跡
仏教は彼を護法尊(ダルマパーラ)として受容し、ヘールカ、ヴァジュラバイラヴァ、マハーカーラ、ヤマーンタカといった名で忿怒尊に数えた。チベットの伝承では、『ヴァジュラバイラヴァ・タントラ』が10世紀にオッディヤーナのラリタヴァジュラへ啓示されたとされ、ゲルク派では無上瑜伽タントラの三大本尊の一つに位置づけられる。モンゴルや満洲でも護法尊として広く受け入れられた。これらの実践では、怒りと憎しみを理解へ転じることが主題とされる。
ネパールのネワール社会では、伝統的な集落のほとんどがバイラヴァの寺をもつ。カトマンズ盆地やパナウティ、バネパ、ポカラなどで毎年営まれるバイラヴァの山車行列(ジャートラー)は、数百年にわたって続いている。タミル語圏ではバイラヴァルの名で村の守護神(グラーマ・デーヴァター)とされ、八方位から信者を守るという。シンハラ語圏ではバヒラワと呼ばれ、埋蔵された財宝の守り手とされた。ウッジャインのカーラ・バイラヴァ寺院やカーシー・ヴィシュヴァナート寺院など、ジョーティルリンガの聖地には多くバイラヴァの祠が伴う。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。