アルタイアー
アルタイア · Althaiā · Althaea
カリュドーン王オイネウスの妃。息子メレアグロスの寿命が宿る燃え木を隠し持ち、のちに自らそれを炉へ投じた。
解説
概要
アルタイアー(Ἀλθαία / Althaea)は、アイトーリアのプレウローン王テスティオスの娘で、カリュドーン王オイネウスの妃である。メレアグロス、デーイアネイラらの母にあたる。ギリシア神話において、母が我が子を意図して死なせる数少ない例として語られる人物である。
神話・物語
メレアグロスが生まれたとき、モイライ三姉妹が現れ、炉で燃えている薪が燃え尽きるまでがこの子の寿命だと告げた。アルタイアーはただちに薪を取り出し、水に浸して火を消し、箱に隠した。子の命を物として手もとに置いたのである。
カリュドーンの猪狩りののち、猪の皮の帰属をめぐる争いで、メレアグロスは母の兄弟たちを殺した。息子が兄弟を殺したと知ったアルタイアーは、隠しておいた燃え木を炉へ投じる。薪が燃え尽きるとともにメレアグロスは死に、母もまた我に返って嘆き、息子の妻クレオパトラーとともに自ら命を絶った。オウィディウス『変身物語』第8巻は、母としての情と姉妹としての怒りのあいだで揺れるこの女性の独白に多くの行を割いており、行為そのものより逡巡が主題になっている。
ホメーロス『イーリアス』第9歌の版には燃え木が出てこない。そこではアルタイアーは地に伏してハーデースとペルセポネーに息子の死を祈り、エリーニュスがその呪いを聞き届ける。呪いによって間接に子を殺すのか、呪具を焼いて直接に殺すのか——同じ話が二つの仕方で語られてきたことになる。母の呪いという主題はホメーロスに遡るが、燃え木という道具立ては後代の付加とみるのが穏当である。
なおデーイアネイラについては、その実の父をオイネウスではなくディオニューソスとする伝えがあり、この場合アルタイアーは神の子を産んだことになる。
図像と象徴
古代の作例で、アルタイアーを名指したものはほとんど知られていない。猪狩りの石棺浮彫が描くのは狩りの場面であり、家に残った母は画面に現れない。本項では主画像を置いていない。
近世に入ると事情が変わる。燃え木を炉に投じる場面は、ベルナール・ピカールの版画《運命の薪を火にくべるアルタイアー》のように、繰り返し絵画と版画の主題となった。逡巡の末に子を殺す母という心理劇が、近代の関心に合致したためである。古代美術が避け、近代美術が好んだ場面という点で、この人物の受容は対照的な軌跡を描いている。
系譜と関係
父テスティオス、夫オイネウス。子はメレアグロス、トクセウス、テュレウス、クリュメノス、メラニッペー、ゴルゲー、デーイアネイラ。兄弟にプレークシッポスらテスティオスの息子たち。息子が伯父を殺し、母が息子を殺すという連鎖のなかで、この人物は加害者であり被害者でもある。モイライが定めた条件を隠し持つという設定によって、運命の道具そのものを手にした人間という位置を与えられている。
文化的足跡
薪や蝋燭に寿命が宿るという型は各地の民話に見え、北欧のノルナゲストの物語もその一つである。ただしこれは、命を測りうる物にたとえる発想が広く生じうることの現れであって、系統上のつながりを示すものではない。アオイ科の属名アルタエア(Althaea、ビロードアオイ属)にその名が用いられている。