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マッハ
PLATE — MACHA
CELTAE · ケルト神話
MACHA

マッハ

マハ · マカ · ヴァハ

Stephen Reid(1904年) PUBLIC DOMAIN

アイルランドの女神。アルスターの土地と王権に結びつき、馬・戦・豊穣を領分とする。同名の複数の人物として語られ、エヴァン・マハの地名に名を残す。

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解説

概要

マッハ(Macha)は、アイルランドの女神である。アルスター地方——とりわけナヴァン・フォート(エヴァン・マハ)とアーマー(アルド・ワハ)——の土地に深く結びつき、馬、戦、豊穣、そして王権を領分とする。土地そのものを体現し、正しい王には力を与え、侮辱には災いをもって報いる主権女神の典型である。

名は「平原」を意味する語に遡るとされる。現代スコットランド・ゲール語の machair は、家畜に踏まれ食まれることで保たれる肥沃な草原を指す語で、この語源と響き合う。

神話・物語

中世の文献に現れるマッハは一人ではない。プロインシャス・マカナは三人を、グレゴリー・トナーは四人を数える。写字生たちは、同じ女神をめぐる複数の伝承を、別々の時代に生きた別々の女性として歴史の枠に並べ直したのである。

アイルランド来寇の書』の詩は、大洪水ののちアイルランドへ渡った最初の集団の長パルソローンの娘の一人としてマッハの名を挙げるが、事績は何も記さない。

第二の集団を率いたネヴェドの妻マッハは、上陸後まもなくアイルランドで最初に死んだ者とされる。ジェフリー・キーティングは十二年後、『四大家年代記』は十二日後とする。彼女が葬られた丘がアルド・ワハ(マッハの高み)、切り拓かれた周囲の森がマグ・ワハ(マッハの平原)と呼ばれた。

トゥアハ・デ・ダナーンのエルンマスの娘としてのマッハは、バズヴモリガンとともに「三柱のモリグナ」を成す。13世紀に編まれた『オマルコンリの語彙集』は彼女をその一人とし、「マッハの木の実」(mesrad Machae)という語が戦場で刈られた首を指すと註する。別写本ではマッハをバズヴと同一視し、三柱を戦を煽る「鴉の女」と呼ぶ。フィル・ボルグとの戦いでは姉妹とともに霧と火の雨を降らせ、フォモール族との戦いではバロールに討たれたと伝えられる。

「赤い鬣のマッハ」(マッハ・モング・ルァズ)は、上王の系譜に名を連ねる唯一の女王である。父アド・ルァズは従兄弟のディーホルバ、キンバースと七年ごとに王位を回していた。父の死後、順番が巡ってきたときマッハが王位を主張すると、二人は女の即位を拒み、戦になった。マッハは勝ち、ディーホルバを討ち、その子らを追ってコナハトの荒野へ入る。癩者に身をやつして一人ずつを組み伏せ、縛り上げ、三人を担いでアルスターへ運んだ。人々は処刑を望んだが、彼女は代わりに彼らを奴隷とし、留め針で境界を描いてエヴァン・マハを築かせた。『来寇の書』は彼女の治世をプトレマイオス一世(前323〜283年)に同期させ、キーティングは前468〜461年、『四大家年代記』は前661〜654年に置く。年代のこの開きが、この人物が歴史ではなく伝承の産物であることを示している。

最もよく知られるのは、農夫クルンニュクの妻となったマッハである。妻を亡くした男の家に、彼女は何も言わずに現れ、妻としてふるまい、やがて身ごもった。ともに暮らすあいだ、男の財は増えた。自分のことを誰にも語らぬ限り側にいると彼女は告げ、男は約束する。しかしアルスター王の催す祭で戦車競走を見た彼が、わが妻は王の馬より速いと口を滑らせた。王は男を人質に取り、臨月のマッハを競走に引き出す。彼女は勝ったが、決勝線上で産気づき、フィール(真)とフィアル(慎み)という双子を産み落とした。そして、辱めを受けた報いとして、アルスターの男たちが最も力を必要とするときに産婦のごとき衰弱に襲われるよう呪った。呪いは一度に五日続き、九代のあいだ解けない。この地がエヴァン・マハ(マッハの双子)と呼ばれるゆえんである。

『アルスターの人々の衰弱』と題されたこの物語は、『クアルンゲの牛捕り』でなぜクー・フーリン一人がアルスターを守らねばならなかったのかを説明する。同時に、主権の女神を侮辱した王のもとで国が滅びるという型を示している。

図像と象徴

古代の図像はない。アイルランドの神々は中世の写本に文字として伝わったのであり、ガリアのような石像や浮彫を残さなかった。マッハの視覚像は、もっぱらケルト復興以降の挿絵に由来する。本サイトが掲げるスティーヴン・リードの《マッハ、アルスターの男たちを呪う》(1904年)は、エレノア・ハル『少年のためのクー・フーリン』の挿絵で、出産の直後に身を起こして呪いを告げる場面を選んでいる。

伝承上の標識は馬である。彼女は王の馬を負かして双子を産み、クー・フーリンの戦車を牽く二頭のうち一頭はリアフ・ワハ(マッハの灰色)と呼ばれた。クー・フーリンの誕生の夜に双子の仔馬が生まれたとする伝えもある。走ることと産むことが同じ場面で重なるところに、この女神の輪郭がある。ウェールズのリアンノンとの比較が繰り返し行われてきたのも、この馬と出産の結合ゆえである。

もう一つの標識は首である。「マッハの木の実」は戦場で刈られた首を指し、門に敵の首を掲げるケルトの習俗をこの女神への供物と結びつける解釈が行われてきた。ただしこの結びつけは中世の語彙集に付された註から導かれたものであって、実際の祭祀の記録ではない。

系譜と関係

系譜は伝承ごとに割れる。エルンマスの娘とするもの、ネヴェドの妻とするもの、アド・ルァズの娘とするもの、サインリズ・マク・インヴァイズの娘とするもの。『ディンシェンハス』は彼女をブリー・レーヘのミディールの娘とし、「女たちの太陽」(グリアン・バンフレ)と呼ぶ。ネヴェドの妻とクルンの妻がともにアグノマンの子を夫とすることから、ネヴェドとクルンを同一人物とみる整理もある。

三柱一組としてはバズヴ、モリガンと並ぶ。組み合わせは一定せず、モリガンの位置にアナンドが入ることも、ネヴァンが加わることもある。マッハ自身がバズヴと同一視される写本もあり、この三姉妹は固定した系譜というより、戦と死をめぐる名の集合と考えたほうがよい。

文化的足跡

アーマー(アルド・ワハ)は今日アイルランド・カトリック教会とアイルランド国教会の双方の首座座であり、その名は女神の名を負い続けている。ナヴァン・フォートは前一世紀の巨大な木造建造物の跡を残す遺跡で、エヴァン・マハに比定される。伝承が土地の名として生き延びた典型である。

19世紀以来、マッハはガリアのエポナ、ウェールズのリアンノンと並べて「ケルトの馬の女神」の一角とされてきた。マリー=ルイーズ・シェーステットは、第二のマッハに「戦士にして支配者」という土地の女神の新しい相を見た。ただし三者を単一の起源に還元する議論には慎重であるべきで、共通するのは馬と主権という機能であって、名の系統ではない。

現代の幻想文学やゲーム作品には、モリガンと組をなす戦の女神としてしばしば登場する。

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領分・別名

親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承点線=異伝・別系統

エルンワス
MORRÍGAN
モリガン
兄弟姉妹
MACHA
マッハ
ケルト神話
クルンヌッフ
配偶者
エルンワス
MACHA
マッハ
ケルト神話
クルンヌッフ
配偶者
収載データなし
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04

資料

Wikidata
Q1072038 — 骨格データの出典
Commons
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