トローイロス
トロイロス · トロイルス · Troilos
トロイアの若い王子。二十歳まで生きればトロイアは落ちないと予言されたため、アキレウスに待ち伏せて殺された。
解説
概要
トローイロス(Τρωΐλος / Trōïlos)は、プリアモスとヘカベーの子で、トロイアの若い王子である。父をアポローンとする伝えもある。
彼が生きて二十歳になればトロイアは落ちないと予言されていたため、アキレウスに待ち伏せて殺された。古代の著作家は彼を、両親に嘆かれる早世の子の象徴として、また若い男性の美の規範として扱った。
『イーリアス』における言及は一箇所だけである。第24巻でプリアモスが、ヘクトールやメーストールとともに彼の死を嘆く。にもかかわらず、彼は古典期の陶画において最も頻繁に描かれたトロイア人の一人であった。文学における扱いの小ささと図像における多さのあいだに、これほど差のある人物は少ない。
神話・物語
伝承の骨格は待ち伏せである。城外の泉——アポローンの聖域にある泉とされる——へ馬に水を飲ませに、あるいは水を汲みに出たところを、隠れていたアキレウスが襲う。馬で逃げようとした彼は追いつかれ、聖域の祭壇のかたわらで殺された。神域での殺害はアキレウス自身の死を招く罪に数えられる。妹ポリュクセネーが同行していたとする版では、彼女は水瓶を落として逃げる。
首を切られた、あるいは遺体を引きずられたとする細部が図像に現れる一方、文学の側にはこれを詳述する古典が残っていない。ソポクレースは彼を主題とする悲劇『トローイロス』を書いたが、断片のみが伝わる。
中世西欧の伝承では位置が一変する。プリアモスとヘカベーの五人の嫡出子のうち最年少でありながら、トロイア方の主要な指導者の一人となり、戦いのなかでアキレウスに討たれる。さらに一二世紀に加えられた挿話では、彼はクリセイダ(クレシダ)と恋に落ちる。彼女はギリシア方に寝返ったカルカースの娘とされ、捕虜交換で父のもとへ送られたのちディオメーデースに心を移す。ベヌア・ド・サント=モールに始まりボッカッチョを経て、チョーサー『トロイルスとクリセイデ』(一三八五年頃)、シェイクスピア『トロイラスとクレシダ』(一六〇二年頃)に至る系譜である。古代のどの資料にも存在しない恋人が、中世の創作によって与えられたことになる。
図像と象徴
古代美術における彼の主題は、ほぼすべて待ち伏せと追跡である。本ページの主画像は前6世紀のアッティカ黒絵式ヒュドリア(ロンドンB76の絵師、メトロポリタン美術館 45.11.2)の肩部で、泉に潜んだアキレウスが馬上の彼と妹ポリュクセネーを襲う場面を描く。フランソワの壺にも同じ場面があり、前6世紀から前5世紀にかけて繰り返された。
エトルリアでも好まれた。タルクィーニアの「牡牛の墓」の壁画(前530〜520年頃)は、泉のかたわらで待つアキレウスと馬に乗って近づく彼を描く。墓の壁にこの主題が選ばれたのは、若くして死ぬ者の像が葬礼の文脈に適合したためとみられる。
系譜と関係
父プリアモス(あるいはアポローン)、母ヘカベー。兄弟にヘクトール、パリス、デーイポボス、ヘレノス、ポリュドーロス、姉妹にポリュクセネー、カッサンドラー。
彼の死が都市の運命を決したという予言の構造は、アステュアナクスの死が王統を絶ったこととあわせて、トロイアの滅亡が「若い者を失うこと」として語られていることを示している。
文化的足跡
中世においては忠実な恋の模範、そして高潔な異教徒の典型とされた。宮廷風恋愛の作法が廃れるとその評価は下がり、シェイクスピアの劇では理想と現実の落差を突きつけられる若者として描かれる。
一八〜一九世紀にはほとんど顧みられなかったが、二〇世紀以降、ウォルトンのオペラ『トロイルスとクレシダ』(一九五四年)などによってふたたび取り上げられている。古代の図像がこれほど多い人物が、近代には文学上の恋人としてのみ知られているという逆転が起きている。