プリアモス
プリアモス · ポダルケース · Priamos
トロイア最後の王。五十人の子を持ち、敵陣に赴いて息子ヘクトールの遺体を乞い、落城の夜に祭壇で殺された。
解説
概要
プリアモス(Πρίαμος / Priamos)は、トロイア(イーリオス)最後の王である。妻ヘカベーらとの間に五十人の息子と多くの娘を持ち、ヘクトール、パリス、カッサンドラーらの父にあたる。
『イーリアス』は彼を、老いて戦えない王として描く。城壁から戦況を眺め、息子たちが次々に討たれるのを見、最後に敵陣へ赴いて遺体を乞う。叙事詩の最終巻の主役は、勝者ではなくこの老王である。
神話・物語
もとの名はポダルケースであった。ヘーラクレースが父ラーオメドーンの治めるトロイアを攻めたとき、彼は姉ヘーシオネーの身代金によって救い出された。プリアモスの名は「買い戻された者」を意味するとされ、都市の滅亡を二度経験する王という位置づけがこの名に刻まれている。ただしこの語源説は名を説明するための後代の解釈とみる見方もある。
ヘカベーが燃える松明を生む夢を見て、生まれた子パリスを捨てさせたのは彼である。成長した子が王宮に迎えられ、そして都市を滅ぼす。予言を避けようとして果たせなかった王という型は、アクリシオスやテーバイのラーイオスと共通する。
トロイア戦争では戦列に立たない。『イーリアス』第3巻では城壁の上からヘレネーにギリシア勢の将の名を尋ね、彼女を責めずに「神々に罪がある」と言う。第22巻ではアキレウスの前に出るなとヘクトールに呼びかけ、聞き入れられずに息子の死を見る。
第24巻、彼は財宝を積んだ車で夜ひとり敵陣へ赴き、アキレウスの膝に取りすがって遺体を乞う。息子を殺した男の手に接吻したと語る場面は、叙事詩中で最も引かれる一節である。二人はともに泣き、遺体は返され、休戦が結ばれる。復讐でも戦闘でもなく、老いた父と若い殺害者の対面によって『イーリアス』は閉じられる。
落城の夜、彼はゼウス・ヘルケイオス(中庭のゼウス)の祭壇に逃れたが、アキレウスの子ネオプトレモスに引き出されて殺された。祭壇での殺害は神への冒涜であり、ギリシア勢の帰路が荒れる原因の一つに数えられる。
図像と象徴
古代美術が描いた彼の場面は二つである。ヘクトールの遺体の身請けと、祭壇での死である。
本ページの主画像は前480年頃のアッティカ赤絵式キュリクス(ブリーセーイスの絵師、大英博物館 E75)で、アキレウスの小屋に入ろうとする彼を描く。もう一方の主題では、祭壇に座る老王の膝の上に孫アステュアナクスの死体を置き、その上からネオプトレモスが打ちかかるという構図が用いられた。二世代の殺害を一つの動作にまとめた図像であり、アキレウスの子が最後に何をしたかを一枚で示している。
系譜と関係
父はラーオメドーン、姉にヘーシオネー。妻はヘカベー、ほかに多くの女性との間に子をもうけた。ホメーロスは五十人の息子と十二人の娘を挙げる。
子のうち記事のあるのはヘクトール、パリス、カッサンドラー、デーイポボス、ヘレノス。孫のアステュアナクスはヘクトールとアンドロマケーの子である。
文化的足跡
『イーリアス』第24巻は、古代から西洋文学における「敵への嘆願」の原型として読まれてきた。ダンテ、シェイクスピア、ラシーヌを経て、二〇世紀には戦争文学のなかで繰り返し引用されている。
シュリーマンはトロイア第二市層の出土品を「プリアモスの宝」と名づけたが、実際には想定される戦争年代より千年以上古い。名づけは誤りであったにもかかわらず、この呼称は今日まで使われている。