ポリュドーロス
ポリュドロス · ポリュドールス · Polydoros
トロイア王プリアモスの末子。戦火を避けて預けられた先で殺され、その死が母ヘカベーの復讐を呼んだ。
解説
概要
ポリュドーロス(Πολύδωρος / Polydōros)は、プリアモスの末子である。ホメーロスでは母をラーオトエーとするが、後代の伝承はヘカベーの子とする。
彼の死は、客として預けられた者を殺すという行為——ギリシアにおいて最も重い侵犯の一つ——を主題とする。物語の役割は自ら何かをすることではなく、殺されることによって母の復讐を成立させることにある。
なお、テーバイの建設者カドモスとハルモニアーの子ポリュドーロス(オイディプースの曽祖父)は同名の別人である。
神話・物語
ホメーロスの版では、彼はプリアモスの愛児で、まだ若いために出陣を止められていた。ところがパトロクロスの死後に戦場へ復帰したアキレウスがトロイア勢を追い立てたとき、彼も戦い、走り抜けようとしたところを背後から槍で貫かれて死んだ。傷口からこぼれた内臓を手で押し戻そうとして絶命したという描写が付されている。
エウリピデス『ヘカベー』の版はこれと大きく異なる。戦争が始まったとき彼は幼児であり、莫大な財宝とともにトラーキアのケルソネーソスの王ポリュメーストールに預けられて育てられた。ところがトロイアが滅びると、王は彼を殺して財宝を奪い、遺体を海へ捨てた。亡霊となった彼は捕囚となった母の夢に現れる。ポリュクセネーが犠牲に捧げられた直後、浜で彼の遺体が見つかり、母はアガメムノーンに訴えたうえで王を欺き、その両眼を潰して二人の子を殺した。悲劇の前半で娘を奪われた母が、後半で自ら報復に転じる——その転換点に置かれているのが彼の遺体である。
ヒュギーヌスはさらに違う筋を伝える。ポリュメーストールの妻はプリアモスの娘イーリオネーであり、彼女は万一に備えて弟と自分の子デーイピュロスを入れ替えて育てていた。落城後、ギリシア勢の依頼を受けた王は、我が子をポリュドーロスと思って殺す。のちに成長した彼が神託に両親を尋ね、姉から真相を聞いて王を殺したという。取り違えによって加害者が自らの子を殺すという型である。
ウェルギリウス『アエネーイス』第3巻では、トラーキアに寄港したアイネイアースの前に彼の亡霊が現れ、この地を去るよう忠告する。血を流す木として現れるこの場面は、ローマの叙事詩における最も有名な怪異の一つである。
図像と象徴
彼を名指しできる古代の作例は知られていない。ホメーロスの戦死の場面も、遺体の発見も、図像の主題にならなかった。悲劇での彼は亡霊としてしか登場せず、舞台の上でも姿を持たない人物であった。本ページに主画像を置いていないのはこのためである。
なお、ヴァチカンの《ラーオコオーン群像》の作者の一人にポリュドーロスの名があるが、これはロドスの彫刻家であって別人である。
系譜と関係
父プリアモス。母はラーオトエー(ホメーロス)またはヘカベー(後代)。ホメーロスの版ではリュカーオーンと兄弟。後代の版ではヘクトール、パリス、ポリュクセネー、カッサンドラーらと兄弟姉妹になる。
姉イーリオネーの夫がポリュメーストールであり、ヒュギーヌスの版では加害者が義兄にあたる。客人の掟の侵犯が、同時に姻族への裏切りにもなっている。
文化的足跡
エウリピデス『ヘカベー』は中世からルネサンスにかけてギリシア悲劇のうち最もよく読まれた作品の一つであり、彼の亡霊が語る冒頭の独白は、舞台に亡霊を立たせる手法の古典的な先例として引かれてきた。シェイクスピア以降の亡霊劇の系譜を論じるとき、この場面はしばしば出発点に置かれる。