デーイポボス
デイポボス · デーイポボス · Deiphobos
トロイアの王子。ヘクトールに最も親しい武将で、パリスの死後にヘレネーの夫となり、落城の夜に討たれた。
解説
概要
デーイポボス(Δηΐφοβος / Dēiphobos)は、トロイア王プリアモスとヘカベーの子で、ヘクトールに次ぐトロイア方の武将である。兄弟のうちヘクトールと最も親しかったと伝えられ、パリスの死後にヘレネーの夫となった。
彼の名が記憶されるのは、自らの武勲によってではなく、アテーナーが彼の姿を借りたことによってである。ヘクトールを死へ導く場面でこの神が選んだのは、最も信頼される弟の顔であった。
神話・物語
『イーリアス』ではヘレノスらとともに第三部隊を指揮し、ヒュプセーノールを討ち、アイネイアースを励ましてアルカトオスの遺体を奪い返す戦いに加わった。アスカラポス(アレースの子で、冥界の河神の子とは別人)を討って兜を奪おうとしたところをメーリオネースの槍に上腕を貫かれ、戦場を離れる。
第22巻が彼の名を決定的なものにした。城門の前で追い詰められたヘクトールのもとへ、アテーナーが彼の姿となって現れ、「ともにアキレウスを討とう」と告げる。最も親しい弟が助けに来たと信じたヘクトールは踏みとどまり、槍を投げて外した瞬間に女神は姿を消す。予備の槍を求めて弟の名を呼んだヘクトールは、そこで欺かれていたことを知り、討たれた。
パリスの死後、ヘレネーをめぐって兄ヘレノスと争い、プリアモスは年長のヘレノスではなく彼を夫に選んだ。恨んだヘレノスはイーデー山へ去り、のちにオデュッセウスに捕らえられて落城の方法を明かすことになる。彼の結婚が、都市の滅亡の手順を敵に渡す原因になっている。
木馬が市内に運び込まれた夜、彼はヘレネーとともに木馬のかたわらに立った。落城の際、メネラーオスとオデュッセウスは彼の館へ向かい、激しい戦いのうえで彼を討った。ウェルギリウス『アエネーイス』第6巻では、冥界に降りたアイネイアースが切り裂かれた姿の彼と再会し、殺され方を聞く。ヘレネー自身が手を貸したのだとする伝えもある。
図像と象徴
彼を名指しできる古代の作例はごく少ない。トロイア陥落図に現れる可能性は指摘されるが、銘のない人物を彼と特定することはできない。武将としての場面が図像化されなかったのは、彼の役割が『イーリアス』において「アテーナーが借りた姿」として最も強く印象づけられているためとも考えられる。本ページに主画像を置いていないのはこのためである。
系譜と関係
父プリアモス、母ヘカベー。兄弟にヘクトール、パリス、ヘレノス、姉妹にカッサンドラーら。妻はパリスの死後のヘレネー。
文化的足跡
小惑星(1867)デイフォブスは彼にちなむ。木星のトロヤ群に属し、トロイア方の人物の名を与える慣例に従っている。