テオニム THEONYM · 世界神話アーカイブ 神格を検索
エスス
PLATE — ESUS
CELTAE · ケルト神話
ESUS

エスス

エススス · ヘスス · Aesus

Als33120 CC BY-SA 4.0

ガリアの神。パリ出土の「船乗りの柱」に、鉈で木を伐る姿と ESVS の銘が刻まれる。ルカヌスが人身供犠の神として挙げた三柱の一つ。

01

解説

概要

エスス(Esus)は、ガリアの神である。図像・碑文・文献のすべてに痕跡を残す点で、大陸ケルトの神としては珍しい部類に属する。

名の語源については多くの説が出されてきた。最も広く受け入れられているのは印欧祖語 h₁eis-(畏れ敬う)に遡らせるもので、イタリック語派の aisos(神)と同源とする。ルカヌスの韻律や ae を用いる異綴りが、この語の最初の母音が長音であったことを示す点も、この説を支える。ただしD・エリス・エヴァンズは、aisos 自体がエトルリア語からの借用とする説が有力である以上、印欧語族内の対応としては成り立たないと指摘する。ヨゼフ・ヴァンドリエスは esu-(善い)に結びつけた。これに従えば、ダグザ(「善き神」)と同じ婉曲の命名ということになるが、ヤン・デ・フリースは、ルカヌスや注釈が描く恐るべき神の像と噛み合わないとして懐疑的である。

神話・物語

ルカヌスの『内乱(ファルサリア)』は、ガリア人が人身供犠を捧げた神としてテウタテス、エスス、タラニスの三柱を挙げる。9〜11世紀の写本に伝わる『ベルン注釈』によれば、エススへの供犠は、人を木に吊るして血まみれに切り刻むものだったという。

この儀礼の内実は分からない。木に吊るされる神をめぐるウェールズやゲルマンの伝承との比較、ウィッカーマンをめぐる議論、湿地遺体リンドウ・マンとの関連づけが試みられてきたが、いずれも推測にとどまる。注釈の記述そのものが、他に並行例のない孤立した資料である。

図像と象徴

確かなのは図像のほうである。パリのセーヌ川中洲から出土した1世紀のガロ・ローマ期の石柱「船乗りの柱」(ピリエ・デ・ノート)には、ESVS の銘とともに、鉈で木の枝を払う男の姿が刻まれている。同じ柱の別の面には、三羽の鶴を背に乗せた牡牛「タルウォス・トリガラノス」がいる。トリーアから出た同工の記念碑も、エススと牡牛と鶴の組み合わせを裏づける。

この図が語る物語の内容は分かっていない。しかし少なくとも、注釈が伝えるエススと樹木の結びつきは、図像の側からも確かめられる。名と姿と職能が一本の柱の上で結びつく例は、大陸ケルトの神々にあってきわめて乏しい。

系譜と関係

系譜は伝わらない。碑文における確実な出現は二例のみで、むしろ人名の要素としてのほうが広く現れる。分布はガリア、ノリクム、おそらくローマ領北アフリカにまで及び、人名から見ればブリタンニアにも及ぶ。碑文の年代は前1世紀まで遡る。

ヴォルフガング・マイトは、「エスス」が本名ではなく婉曲の呼び名か添え名だった可能性を指摘する。クロード・ステルクスにいたっては、これが単一の神の名だったかどうかを疑っている。ルカヌスの三柱を古代ガリアの神群とみる説(ヤン・デ・フリース)もあるが、三神を互いに結びつける他の証拠は乏しい。

文化的足跡

船乗りの柱はパリのクリュニー中世美術館に収められ、ガリアの神々の図像を伝える最も重要な資料の一つとなっている。ティベリウス帝の治世にパリの船乗りたちが奉献したこの柱は、ユーピテルやウルカーヌスといったローマの神と、エススやタルウォス・トリガラノスといった在来の神が同じ石の面を分け合う構成をとる。ローマ期のガリアにおける二つの宗教の共存を、目に見える形で示す記念碑である。

02

領分・別名

03

資料

Wikidata
Q1370854 — 骨格データの出典
Commons
Esus — 図像カテゴリ