オーレイテュイア
オレイテュイア · オリテュイア · Orithyia
アテーナイ王エレクテウスの娘。イーリーソス河のほとりで北風ボレアースにさらわれ、トラーキアで有翼の双子を生んだ。
解説
概要
オーレイテュイア(Ὠρείθυια / Oreithyia)は、アテーナイ王エレクテウスの娘である。名は「山を駆ける女」と解される。イーリーソス河のほとりでボレアースにさらわれてトラーキアへ連れ去られ、有翼のカライスとゼーテースの母となった。
アテーナイ王家の娘が北風の神に嫁いだというこの系譜は、都市の政治的な記憶と結びついて語られ続けた。
神話・物語
ボレアースははじめ説得によって娘の心を得ようとしたが、実らないと風で彼女を雲の上へ吹き上げ、トラーキアへさらった。生まれたのがカライスとゼーテース、そして娘キオネーとクレオパトラーである。クレオパトラーはトラーキア王ピーネウスの妻となり、キオネーはポセイドーンに愛されてエウモルポスを生む。アテーナイ王家の血がトラーキアを経てエレウシースの祭司家へつながる構図になっている。
さらわれた場所については伝えが分かれる。イーリーソス河のほとりで踊っていたとするもの、アクロポリスの北のアグラウロスの聖域で行列に加わっていたとするもの、アテーナーの祭りで籠を運んでいたところをとするものがある。プラトン『パイドロス』の冒頭は、この略奪の場所をめぐる当時の議論に触れ、ソークラテースに神話の合理的解釈を退けさせている。北風が岩から突き落としたのを略奪と言い伝えたのだ、といった説明にいちいち反駁していては暇がない、というのである。前5世紀のアテーナイで、この物語がすでに合理化の対象になっていたことを示す一節である。
政治的な用いられ方も明瞭である。ヘロドトスによれば、ペルシア艦隊が迫ったときアテーナイ人は北風に祈った。オーレイテュイアが自分たちの王女であり、ボレアースは姻戚だという理由からである。嵐でペルシア船が沈んだのち、アテーナイ人はイーリーソス河のほとりにボレアースの聖域を建てた。神話の婚姻が同盟の根拠として持ち出され、勝利ののちに祭祀として定着したことになる。
図像と象徴
オーレイテュイアの図像は、ほぼ例外なく略奪の場面である。前5世紀のアッティカ赤絵式陶器に多数の作例があり、ペルシア戦争の前後にこの主題が流行したことが知られる。有翼で髭を生やしたボレアースが娘を抱え上げ、逃げる侍女たちが左右に配される構図が定型となった。
娘の側に固有の標識はない。衣と身振りだけで表され、誰であるかは相手の男の翼と髭によって決まる。さらわれる者が単独では同定できないという点で、この人物の図像上の位置はヘレーやレウキッピデスと共通している。本項では主画像を置いていない。
なお、同名の人物にアマゾーンの女王オーレイテュイアがおり、テーセウスに敗れたアンティオペーの後を継いだと伝えられる。別の存在である。
系譜と関係
父はアテーナイ王エレクテウス、母はプラークシテア。姉妹にプロクリスとクレウーサがおり、いずれもアテーナイ王家の女として悲劇の主題となった。夫ボレアース、子はカライス、ゼーテース、キオネー、クレオパトラー。
エレクテウスの娘たちが神や英雄と結ばれ、あるいは犠牲に供されるという一連の物語は、アテーナイが自らを土着の民(アウトクトネス)と位置づける主張と結びついている。オーレイテュイアの場合、その婚姻が都市の外——トラーキアの風——へ開かれている点が、姉妹たちとは異なる。
文化的足跡
ラモーの叙情悲劇『ボレアード』(1763年)は、この一族を題材とする。作曲家の存命中に上演されず、20世紀に入って蘇演された作品である。ルーベンス、フランソワ・ブーシェら近世の画家も略奪の場面を繰り返し描いた。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。