エレクテウス
エレクテウス2世 · エリクトニオス · ポセイドーン・エレクテウス
アテーナイ王にしてポリスの創建者。大地から生まれ、エレウシースとの戦いで娘を犠牲にし、最後は大地に呑まれて死んだ。アテーナイ人は自らを「エレクテウスの子ら」と称した。
解説
概要
エレクテウス(Ἐρεχθεύς、「大地を砕く者」)は、ギリシア神話のアテーナイ王である。ポリスの創建者であり、神としての相においてはポセイドーンと結びついて「ポセイドーン・エレクテウス」と呼ばれた。
エリクトニオスの名はエレクテウスの子が負うが、プルタルコスはエレクテウス誕生の神話において両者の名を混同している。
神話・物語
アテーナイ人は自らをエレクテイダイ、すなわち「エレクテウスの子ら」と称した。ホメーロス『イーリアス』(2.547-48)において、エレクテウスは「穀物を与える大地」の子であり、アテーナーに養われた者である。大地から生まれたこの子の父はヘーパイストスであり、アテーナーがその精を羊毛の房で腿から拭って地に投げたことにより、ガイアが身ごもったとされる。
アテーナイの守護権をめぐるポセイドーンとアテーナーの争いにおいて、ポセイドーンの三叉の矛が突いてできたアクロポリスの塩泉は、「エレクテウスの海」と呼ばれた。
歴史化された系譜では、第二のエレクテウスはアテーナイ王パンディーオーン1世とゼウクシッペーの子にして後継者とされる。このパンディーオーンはエリクトニオスの子である。妻プラークシテアーとのあいだにケクロプス、パンドーロス、メーティオーンの息子たちと、六人の娘——長女プロートゲネイア、パンドーラ、プロクリス、クレウーサ、オーレイテュイア、クトニアー——をもうけた。
治世を特徴づけるのは、アテーナイとエレウシースの戦争である。エレウシース側を率いたのはトラーキアから来たエウモルポスであった。神託は、アテーナイの存続がエレクテウスの三人の娘のうち一人の死にかかっていると告げる。娘の一人が犠牲となり、姉妹たちも死を共にした。エレクテウスはエウモルポスを討ったが、ポセイドーンの怒りを買い、ゼウスの雷霆によって——あるいはポセイドーンの三叉の矛によって——大地に呑まれて死んだ。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、アテーナイのアクロポリスに立つエレクテイオンの写真である。この神殿はエレクテウスの名を負い、彼の墓とされる場所を含む。南面の少女像柱(カリアティード)で名高い。
この人物を確実に描いたと言える古代の図像は伝わらない。代わりに残っているのは、名を負う建物である。像ではなく神殿がこの人物を今日まで伝えているという点は、アテーナイの自己認識のありようを示している。市民が自らを「エレクテウスの子ら」と呼び、その名の神殿を丘の上に置いた。
名は「大地を砕く者」と解される。大地から生まれ、大地に呑まれて死ぬという生涯が、名のうちに畳み込まれている。
系譜と関係
父はヘーパイストスとガイア(原初の相)、あるいはパンディーオーン1世(歴史化された系譜)。妻はプラークシテアー。娘のオーレイテュイアはボレアースにさらわれ、ボレアダイの母となる。
擬アポロドーロスによれば、第二のエレクテウスにはブーテースという双子の兄弟があり、エレクテウスの娘クトニアーを娶った。兄弟はパンディーオーンの王権を分け、エレクテウスが政治的支配を、ブーテースがアテーナーとポセイドーンの祭司職を取った。この権利は子孫に伝えられる。ブーティダイ家による祭司職の世襲を正当化するための起源譚である。
文化的足跡
エレクテイオンは今日もアクロポリスに立ち、パルテノンと並ぶアテーナイの代表的な遺構である。少女像柱の一体は19世紀に英国へ運ばれ、大英博物館に収められている。
エウリピデースは失われた悲劇『エレクテウス』でこの物語を扱った。都市の存続のために娘を犠牲にするという主題は、イーピゲネイアの物語と並べて論じられる。国家と家族の衝突という主題が、アテーナイの創建者の物語に置かれている。