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ナンディン
PLATE — नन्दिन्
BHARATA · ヒンドゥー神話
नन्दिन्

ナンディン

ナンディ · ナンディー · ナンディケーシュヴァラ

Malli124710 / レーパークシ(アーンドラ・プラデーシュ州) CC BY-SA 4.0

シヴァの乗騎とされる白い牡牛。シヴァ寺院では至聖所のリンガと正対して伏せ、参拝者はその背越しに本尊を拝む。カイラーサ山の門衛でもある。

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解説

概要

ナンディン(Nandin / नन्दिन्)は、シヴァの乗騎とされる白い牡牛である。名はサンスクリットの nandi(喜び・満足)に由来する。シヴァ派の寺院では、至聖所に据えられたリンガと正対する位置に伏せた牡牛像が置かれ、参拝者は必ずこの背越しに本尊を拝む。ヴァーハナ(乗騎)であると同時に、シヴァの居所カイラーサ山を守る門衛でもある。牡牛はシヴァ派そのものの標識でもあり、寺院の旗にも掲げられてきた。

神話・物語

出自は伝承によって割れる。『シヴァ・プラーナ』などが伝えるところでは、聖仙シラーダが不死の子を求めて苦行し、その果てに授かった子がナンディンであるという。ナンディンはナルマダー河のほとりでさらに苦行を重ね、シヴァの門衛と乗騎の座を得た。一方、日本語圏で流布する系譜はこれと別系統で、乳海攪拌の折に現れた牝牛スラビーと聖仙カシュヤパの子とし、シヴァが舞うときに楽を奏でる役を与える。どちらか一方に整理せず、系統の異なる伝えとして併記するのが妥当である。

『ラーマーヤナ』圏の説話では、カイラーサでシヴァへの謁見を待つラーヴァナが猿のように落ち着きなく振る舞ったため、ナンディンは「猿によって王国を焼かれるであろう」と呪った。のちにハヌマーンがランカーを焼くのは、この呪いの成就として語られる。タミル語文献『ティルヴィライヤーダル・プラーナム』は、ヴェーダの説明を聞くうちに気を散らしたパールヴァティーが漁師の娘として生まれ変わった際、ナンディンが鯨に化けて漁村を騒がせ、鯨を仕留めた者に娘を嫁がせるという触れを引き出して、漁師姿のシヴァに妃を取り戻させたと伝える。

シヴァ派シッダーンタはさらに、ナンディンをシヴァから直接教えを受けた最初の師と位置づける。彼が八人の弟子に教えを分け与え、それが八方へ広がったとされ、ナンディナータ派の師資相承はここに始点を置く。『ティルマンティラム』でも、アーガマの伝授を仲立ちする者として名が挙がる。

図像と象徴

5〜12世紀に編まれたシヴァ派のアーガマは、ナンディンを乗騎としてだけでなく、寺院建築の恒常的な構成要素として規定した。『カーミカ・アーガマ』(6〜8世紀頃)は、至聖所・供物台・牡牛堂を一本の軸線上に並べ、牡牛をリンガと正対させるよう指示する。南インドのシヴァ派寺院の配置が一定の型を保つのは、この規定に負う。『カーラナ・アーガマ』『スプラベーダ・アーガマ』はさらに細かく、隆起した肩瘤、たるんだ喉垂れ、均整のとれた四肢を具え、瓔珞・鈴・花環・装飾布をまとった伏臥像として彫るよう説き、像と台座の寸法比まで定める。9世紀以降のチョーラ朝ではこれが巨大な一石像として造られるようになり、アーンドラ・プラデーシュのレーパークシに残る16世紀の作はその系譜を伝える。南インドでは、寺院前の柱に牛を刻み、そこへ寄進の記録を刻む習慣もあった。

牡牛とは別に、獣頭人身の四臂像も伝わる。『リンガ・プラーナ』は、結髪の宝冠と三眼をもち、三叉戟・斧・棍棒・金剛杵を執る姿を説く。アーガマ系の記述では、羚羊と斧、棍棒、そして無畏の印を組み合わせる。大英博物館が所蔵する19世紀前半のインド絵画には、牛頭に宝冠を戴き、羚羊と、頂に小さな牡牛像を据えた杖を執る立像が描かれており、この形の作例として知られる。

伏臥像がリンガを見つめる構えには、個我が至高者から目を離さぬ姿を読む解釈が古くから添えられてきた。参拝者が牛の耳に願いを囁く習慣も、南アジア各地で広く行われている。

系譜と関係

シヴァの乗騎であり、パールヴァティーを含む聖家族の図像にもしばしば同座する。アルダナーリーシュヴァラ像では、シヴァ側の手が牡牛の頭に置かれる構図が定型となった。父をシラーダとする伝えと、母をスラビーとする伝えが並存することは前述のとおりである。

なお、最古層のサンスクリット・タミル語文献では、門衛としての「ナンディ」と乗騎としての牡牛「ヴリシャバ」は別個に扱われていた。両者が一つの神格に統合されたのは後代の展開であり、シッダーンタ系の文献は今もこの区別を保っている。牡牛を「ナンディ」と呼ぶ現在の用法は、地域ごとの信仰が寄り合わさった結果である。

文化的足跡

牡牛の意匠はタミル語圏のシヴァ派の標識として用いられ続けており、現在掲げられている旗は1990年代にスリランカ・タミルの関係者の求めで制定されたものである。作例は南アジアにとどまらず、カンボジアをはじめ東南アジアのシヴァ派寺院にも伏臥像が残る。アーンドラ・プラデーシュのヤーガンティ寺院には、像が少しずつ大きくなっているという言い伝えがある。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q841255 — 骨格データの出典
Commons
Nandi — 図像カテゴリ