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アルダナーリーシュヴァラ
PLATE — अर्धनारीश्वर
BHARATA · ヒンドゥー神話
अर्धनारीश्वर

アルダナーリーシュヴァラ

アルダナーリー · アルダナーリーシュワラ · ガウリーシュヴァラ

Isabell Schulz / エレファンタ石窟第1窟(ムンバイ) CC BY-SA 2.0

右半身をシヴァ、左半身をパールヴァティーとする男女合体の姿。男性原理と女性原理が分かちがたいことを一身で示し、シヴァ派寺院の壁面に広く刻まれた。

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解説

概要

アルダナーリーシュヴァラ(Ardhanārīśvara / अर्धनारीश्वर)は「半ばが女である主」を意味し、右半身をシヴァ、左半身を妃パールヴァティーとする男女合体の姿である。単独で祀る寺院はごく少ないが、シヴァ派寺院の壁面には広く刻まれ、男性原理と女性原理が分かちがたいことを一身で示す像として扱われてきた。像容が先に成立し、それを説明する神話が後から整えられた例としても知られる。

神話・物語

説明の仕方は文献によって大きく異なる。『シヴァ・プラーナ』では、ブラフマーが男性の生類ばかりを創ったために増殖が進まず、途方に暮れた彼の前にシヴァがこの姿で現れる。ブラフマーが女性半身に願うと、女神は自らの身体から数々の女性の力を生み出し、創造が動き出したという。『リンガ・プラーナ』『ヴァーユ・プラーナ』などでは筋が変わり、創造の遅さに苛立つブラフマーの額や口からルドラが男女両性の姿で現れ、命じられて自らを二つに分かつ。分かたれた双方から十一のルドラと数々のシャクティが生じたとされる。

『スカンダ・プラーナ』は、パールヴァティーが「肢体を接して」共に住まうことを願ったために合体像が成ったとし、あわせて、魔神アンダカが妃を奪おうとした際、彼女がこの姿を現じて相手の欲を失わせたという挿話を伝える。『カーリカー・プラーナ』では、水晶のようなシヴァの胸に映った自分の姿を他の女と疑ったことから諍いが起こり、和解の末に妃が永く夫の身に留まることを望んだとする。『マハーバーラタ』第13巻では、ウパマニユがシヴァを讃えるなかで、妃と半身を分かつ者が他にあろうかと問い、この形に触れている。

タミルの寺院伝承はまた別の筋を語る。聖仙ブリンギはシヴァのみを礼拝すると誓い、パールヴァティーを無視して夫の周りだけを巡った。怒った女神が肉と血を失う呪いをかけると、骨だけとなった聖仙は立てなくなり、憐れんだ者たちが第三の脚を与えて支えた。目論見の外れた女神は苦行の末にシヴァと一体となる恩寵を得るが、ブリンギは甲虫に姿を変え、像に穴を穿って男性側だけを巡ったという。

図像と象徴

現存最古の作例はクシャーナ朝の1世紀半ば、マトゥラー博物館が収める石碑で、二臂の簡素な形をとる。同館のラージガート出土の頭部では、右側は髑髏と三日月を戴く結髪、左側は花で飾った櫛けずり髪と耳飾りに分かれ、額の第三眼だけが両側に共有される。像容が整えられたのはグプタ朝期である。6世紀のストバイオスもバルダイサンを引いてこの形に触れており、成立の古さを裏づける。

規定を残すのは『シルパラトナ』『マツヤ・プラーナ』と、アームシュマドベーダ・アーガマなど南インド系のアーガマ文献である。腕は四臂・三臂・二臂が基本で、三臂の場合は女性側が一手のみとなり、構図上の比重の差がそのまま現れる。右を男性、左を女性とするのが通例だが、シャークタ派に属する稀な作例では、優位とされる右側を女神が占める。

男性側は、結髪を積み上げた宝冠に三日月を挿し、蛇の耳飾りと聖紐を着け、胸は平たく肩は広い。手には斧・三叉戟・数珠を執るか、無畏あるいは与願の印を結び、一手をしばしば牡牛ナンディンの頭に置く。全身に灰を塗るとされる。北インドの作例では裸形やウールドヴァリンガ(勃起した男根)で表されることがあり、これは放埒ではなく精の保持、すなわち徹底した禁欲の標識として読まれる。南インドではこの表現をとらず、腰から膝までを絹や獣皮で覆う。

女性側は籠形の宝冠あるいは結い上げた髪を戴き、額には第三眼と対をなす赤い点を置く。目には黒い縁取りを施し、丸みのある乳房と細い腰、豊かな腿を刻む。手には青蓮華、鏡、あるいは鸚鵡を執り、腕環と足環を着け、足裏は紅で染める。男性側が灰であるのに対し、こちらはサフランを塗るとされ、女性器が表されることはない。姿勢は頭・胴・脚を三方に振るトリバンガか、直立のいずれか。牡牛を共通の乗騎としつつ、女神側の足元に獅子を添える作例もある。

数珠と鏡の対比は、禁欲と現象界、遊行者と家住者という二つの生き方の対比としてしばしば読まれる。変則的な作例では、ブヴァネーシュワルのパラシュラーメーシュヴァラ寺院に踊る八臂像があり、ダーラースラムには三面八臂の作もある。

系譜と関係

この形はシヴァとパールヴァティーそのものであり、両者とは別に立てられた神格ではない。背景には、シヴァの力(シャクティ)が妃として人格化されるという理解があり、サーンキヤのプルシャプラクリティの対がそこに重ねられた。シヴァ派とシャークタ派という二つの潮流を一身に統べる像とみる説明も広く行われており、ヴィシュヌとシヴァを合わせたハリハラ像と並べて論じられる。着想の源としては、原人が自らを男女に分かって世界を生んだという『ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド』の記述などが挙げられてきた。ギリシアのヘルマプロディトスやプリュギアのアグディスティスとの類似も指摘されるが、これは形の似た神話の並置であって、歴史的な影響関係が立証されているわけではない。

文化的足跡

エレファンタ石窟第1窟の浮彫(6世紀半ば)は、彫刻としての代表作に数えられる。エローラの諸窟、チョーラ朝の青銅像、東インドの寺院壁面にも作例が連なり、ジャワや東南アジア島嶼部に残る碑文にも、シヴァとシャクティは一つであるという理解が刻まれている。近現代には、性の二分に収まらない身体表現の先例として美術・思想の文脈で参照されることも多いが、原典の関心はもっぱら宇宙の生成原理の説明にあり、両者は区別して読む必要がある。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q639313 — 骨格データの出典
Commons
Ardhanārīśvara — 図像カテゴリ