メヘン
メヘネト · メヘン神 · とぐろを巻く者
夜の航行のあいだ太陽神ラーの周囲にとぐろを巻いて守るエジプトの蛇神。同じ名は蛇形の盤を用いる古代の遊戯の名でもある。
解説
概要
メヘン(mḥn、「とぐろを巻く者」)は、エジプト神話の蛇の神である。夜の航行のあいだ、太陽神ラーの身を守ってその周囲にとぐろを巻く。
同じ名は、古代エジプトで遊ばれた盤上遊戯の名でもある。蛇がとぐろを巻いた形の盤を用いるもので、神と遊戯のどちらが先かは分かっていない。
神話・物語
最も古い言及は『コフィン・テキスト』にある。守護の神格として、太陽の舟に乗り、あるいは舟そのものを取り巻く形で現れる。
役割がはっきり見えるのは新王国の冥界文書である。『アムドゥアト』や『門の書』において、ラーは夜のあいだ地下を舟で進み、混沌の蛇アペプの襲撃を受ける。このときラーの立つ厨子を幾重にも取り巻いて守るのが、この蛇である。
蛇が蛇を防ぐという配置に注意がいる。エジプトの冥界において、太陽を脅かす最大の敵は蛇であり、太陽を守る最後の壁もまた蛇である。同じ獣が、秩序の側と混沌の側の双方に配されている。ドイツのエジプト学者ラインハルト・ハニヒの独=エジプト語辞典は、メヘンあるいはメヘネトの蛇をウロボロス——自らの尾を咥える蛇——に相当するものとする。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ラムセス1世の墓(王家の谷 KV16)に描かれた『門の書』の一場面である。舟の中央に立つ羊頭のラーの周囲を、蛇が幾重にも巻いて厨子を形づくっている。前後に立つ二柱の神が舟を進める。
図像としてのメヘンは、常に他者を取り巻く形で現れる。単独の姿を持たない神である。守るとは囲うことだという理解が、この造形をつくっている。同じ発想は、王を「取り囲む」ことで蛇の毒から守るアケルにも見られる。
盤上遊戯のメヘンは、とぐろを巻いた蛇の形に区画を刻んだ円盤を用いる。第1王朝から古王国期の墓に盤と駒が副葬され、墓の壁画には遊ぶ場面が描かれた。規則も遊び方も伝わっておらず、近代になってから盤の形から推定した規則が複数考案されている。この遊戯が宗教的な呪具ではなく実際の遊びであったことは、副葬品と壁画から確かめられる。
関わる神格・伝承
守る相手はラー。敵はアペプ。太陽の舟に随行する神格としては、シア、フウ、ヘカ、セケルなどが挙げられる。
蛇の神格としては、ネヘブカウやウアジェトと同じ系列にある。エジプトにおいて蛇は一義的に邪悪ではない。王の額のウラエウス、家を守るレネヌテト、太陽を囲むメヘン——守る蛇の系譜は、襲う蛇の系譜と同じだけ厚い。
文化的足跡
日本語圏でこの名が現れるのは、たいてい盤上遊戯としてである。世界最古級のボードゲームの一つとして、遊戯史の書物に紹介されてきた。
しかし神と遊戯が同じ名を持つという事実は、それ自体が問いを残している。盤の形が神の姿に似ていたのか、神の姿が盤から来たのか。エジプト学は今のところ、どちらとも決めていない。