セケル
ソカル · ソカリス · セケル
メンフィスの墓域を司るエジプトの隼の神。生者の守護者であり、甦った死者の神でもある。プタハ・セケル・オシリスという三重の神格として表現された。
解説
概要
セケル(Skr、ギリシア語形ソカリス)は、エジプト神話の隼の神である。メンフィスの墓域を司り、生者の守護者であるとともに、甦った死者の神でもあった。
名の意味は確定していない。『ピラミッド・テキスト』は、オシリスがイシスに向けて発した苦悶の叫び「スィ・ク・リ(我のもとへ急げ)」に由来すると説く。「口を清める」を意味する skr に結びつける説もある。
神話・物語
冥界において、この神はプタハおよびオシリスと強く結ばれる。後代にはプタハ・セケル・オシリスという三重の神格として表現された。創造神と、墓域の神と、死者の神が一つに束ねられている。
『ラーの航行』——夜のあいだ太陽神が冥界を通る道行きを語る神話——において、この神は「隠されたるもの」と呼ばれる第五の夜の王国を治める。悪を為した者の魂を煮えたぎる湖へ投げ込む役を負う。
新王国の『アムドゥアト』では、両翼を広げたあいだで蛇の背に立つ姿で描かれる。自由を表すこの構図は、復活、あるいは冥界の首尾よい通過を示唆する。もっともこの神に属する冥界の領域そのものは、イムヘト(「満たされたるもの」)と呼ばれる歩きにくい砂地であった。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、エジプト学の慣行に沿って描かれた線図である。アテフ冠を戴く隼の頭の男として表される。
図像の型は複数ある。ミイラにされた隼として描かれるのが通例で、砂の丘から隼の頭だけが現れる形もある。この姿では「己の砂の上に在る者」と呼ばれた。称号の一つ「レスタウの者」は、「開口部」すなわち墓の入口の場所を意味する。
最も特徴的なのがヘヌゥ舟である。これは船ではなく、砂の墓域を渡るための凝った作りの橇であり、舳先はオリックスの頭の形をとる。祭のあいだ、神像はこの橇に載せられて曳かれた。船が陸を行くという造形に、この神の領分——ナイルの水ではなく西岸の砂——が現れている。
関わる神格・伝承
プタハを介して工匠との結びつきもある。『死者の書』はこの神が銀の鉢を作ると記し、タニス出土のシェションク2世の銀の棺はセケルの図像で飾られていた。
祭祀の中心はメンフィスで、祭はアケト(増水の季節)第四月の26日に営まれた。祭のあいだ、人々は地を鍬で耕し、牛を追った。この所作から、農耕の相も併せ持っていたと推測されている。参列者は玉葱を糸に通して首にかけた。玉葱は防腐処置に用いられ、皮を目に載せ耳に詰めて臭いを覆う材料であった。祝祭の装飾品が、そのまま葬送の道具でもある。
新王国期にはテーベでも同種の祭が営まれ、その規模はオペト祭に匹敵したという。
ネフェルトゥムと同じくメンフィスの神格であり、プタハを中心とする神学のなかに位置を占める。
文化的足跡
日本語圏でこの神が単独で紹介されることは少なく、プタハ・セケル・オシリスの複合像として言及されるのが常である。末期王朝の墓には、この形の木製小像が大量に副葬された。
三柱を一つに束ねるという発想は、エジプト宗教の理解のうえで重要である。創造と、埋葬と、復活が別々の神の管轄ではなく、一続きの過程として一体の像に収められている。セケルはその中央——地下に横たわる時間——を受け持つ神であった。