ウアジェト
ウアジト · ウト · ブト
下エジプトを守るコブラの女神。その姿はファラオの額を飾る蛇形記章となり、上エジプトのネクベトと並んで統一王権の守護者となった。
解説
概要
ウアジェト(エジプト語 wꜢḏyt、「緑なる女」の意)は、ナイル・デルタの都ペル・ウアジェト(ギリシア名ブト)を本拠とするコブラの女神である。名はデルタの象徴であるパピルスに由来し、その緑がそのまま神名となった。先王朝時代に一地方の神として出発し、第4王朝の頃には下エジプト全体の守護女神とされるに至る。ファラオの額を飾る蛇形記章は、この女神の顕現にほかならない。
神話・物語
ウアジェトの系譜は資料によって一定しない。ある伝承は彼女をラーの娘とし、父の目として姿を消したシューとテフヌトを捜し出したと語る。首尾よく二神を連れ戻した娘を、ラーは自らの傍らに留めて守護者としたという。蛇の姿で父に害をなす者を撃つという役どころは、この物語から来る。
いま一つの伝承では、幼いホルスの乳母を務める。イシスとともにデルタの湿地に身を隠し、叔父セトの追跡から子を守った。王の守護者であると同時に、産む女と生まれる子の守護者でもあるという性格は、この場面に集約されている。ピラミッド・テキストには、ウアジェトがネクベトとともに死後の王に乳を与え、その王たる資格を保たせる場面が見える。
図像と象徴
基本の姿は、鎌首をもたげたコブラである。人身にコブラの頭を載せた形、あるいは下エジプトの赤冠を戴く女性の姿でも表された。テーベ出土の第22王朝の彩色木製コブラ像(ペンシルベニア大学博物館蔵)のように、単体の像として作られたものも少なくない。
ウアジェトは、ラーの目ともホルスの目とも結びつけられてきた。どちらの目が本来この女神に属するかについては見解が分かれており、左右のいずれに置かれるかが両者を分ける手がかりとされる。護符の目が青や緑で作られるのは、「緑なる女」という名との照応であろう。緑の目の護符は、日々の暮らしのなかで豊穣と守護のしるしとして用いられた。
系譜と関係
上エジプトを守るハゲワシの女神ネクベトと対をなし、二柱を合わせて「ネブティ(二女神)」と呼ばれる。エジプトの神々にはしばしば起こる融合を、この二柱は経なかった。それぞれの祭祀が独立して強かったためである。ブトの神殿には名高い神託所が置かれ、ここに発する託宣の伝統がギリシアへ渡ったとする見方もある。デルタのイメト(現テル・ネベシャ)では、ミンとホルスと合わせて三柱一組の神群を構成した。
文化的足跡
ウアジェトの名を直接に知る者は多くないが、その姿は誰もが目にしている。ツタンカーメンの黄金のマスクの額に立つコブラがそれである。ギリシア人はこの女神をブト、あるいはウトと呼び、レートーに擬した。地方の蛇神が国家の記章にまで昇った経緯は、エジプトの神々が地域の信仰から王権の装置へと組み上げられていく過程の、明瞭な一例といえる。