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ディオメーデースの人喰い馬
PLATE — ΔΙΟΜΉΔΟΥΣ ἽΠΠΟΙ
HELLAS · ギリシア神話
ΔΙΟΜΉΔΟΥΣ ἽΠΠΟΙ

ディオメーデースの人喰い馬

ディオメーデースの牝馬 · ディオメデスの馬 · Mares of Diomedes

Luis García (Zaqarbal) CC BY-SA 3.0

トラーキア王ディオメーデースが飼っていた人喰いの牝馬。ヘーラクレースの第八の功業として奪い取られた。

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解説

概要

ディオメーデースの人喰い馬(Διομήδους ἵπποι)は、トラーキアのビストーン人の王ディオメーデースが飼っていた馬である。王のもとを訪れた客人を餌にされ、人の肉を食らうようになったと伝えられる。これを奪い取ることがヘーラクレース第八の功業であった。

なお、この王はトロイア戦争の英雄ディオメーデースとは別人である。

登場する物語

伝承は大きく二系統に分かれる。古い層に属する第一の系統では、ヘーラクレースは単身で赴き、馬丁か御者か、あるいは王自身を馬に食わせて宥め、そのまま連れ帰る。第二の系統では、従者を率いて行き、馬を奪ったのちディオメーデースとビストーン人の軍勢と戦って王を殺す。この版では、ヘーラクレースが少年アブデーロスに馬の番を任せたが、アブデーロスは馬に引きずられて死んでしまう。英雄は少年を葬り、その墓のかたわらにアブデーラ市を建てた。

シケリアのディオドーロスの語る細部は具体的である。馬は気性が荒く、壊されないよう青銅の飼葉桶をあてがわれ、引きちぎられないよう鉄の鎖でつながれていた。ヘーラクレースは王自身を馬に食わせて凶暴さを鎮めたという。ミュケーナイへ連れ帰るとエウリュステウスはこれをヘーラーに捧げ、その血統はアレクサンドロス大王の時代まで残ったと伝えられる。他方でアポロドーロスは、エウリュステウスが馬を野に放ち、オリュンポス山で野獣に食われたとする。連れ帰られた馬の行方でさえ一定しない。

人を食らうようになった理由も割れる。王が仕込んだとするもの、その土地のある草を食べたためとするもの、コッシニトス川の水を飲んだためとするものがある。

数と性別も一様でない。文献が数を挙げることはまれだが、エウリーピデースは四頭立ての戦車馬とし、セネカは御者に触れる。ヒュギーヌスは名を挙げてポダルゴス、ラムポーン、クサントス、デイノスとし、しかもこれを牡馬とする。古い美術では一頭だけが描かれ、時代が下るにつれて二頭から四頭が一般となり、車輪を添えて戦車馬であることを示す例も現れる。

火を吐くとする伝えもある。ローマの詩人ルクレーティウス『物の本質について』は、鼻から火を吐く馬としてこれに触れた。ただしエウリーピデース『アルケースティス』では、ヘーラクレースが「火を吐くのでなければ轡を噛ませるのに苦労はない」と言い、合唱隊が「火は吐きません、人を食うのです」と応じる。ダニエル・オグデンは、ルクレーティウスがこの箇所を機知として踏まえたのか、それともエウリーピデースが退けた火を吐く伝承を実際に知っていたのか、両様に読めると指摘する。

血統についても議論がある。セルウィウスは『アエネーイス』注解で、トロイアで戦ったテューデウスの子ディオメーデースの馬がトラーキア王の馬の子孫だと述べた。同名の二人を混同したウェルギリウスの記述を説明しようとしたものと解されてきたが、『イーリアス』が示すその馬の系譜からするとこの読みは成り立ちにくく、実際に指されているのはトラーキアのレーソスから奪った馬だろうという指摘がある。

図像と象徴

この功業の最も古い言及は、前550年頃のバテュクレース作アミュクライの玉座にあったとされるが、これはパウサニアースの記述によってのみ知られる。しかもその記述は「ヘーラクレースがディオメーデースに復讐する場面」とだけ述べ、馬にも他の人物にも触れない。ジョン・ボードマンは、ディオメーデース自身がこの場面に描かれるのはヘレニズム期以降であることから、パウサニアースの同定は誤りではないかとみている。

現存最古の作例は二つの壺である。前6世紀末のプシアクスによる黒絵式の杯では、獅子皮をまとったヘーラクレースが棍棒を振るい、馬の首を掴もうとしている。この馬が人喰い馬だと分かるのは、口にくわえた人間の頭と肩と腕によってである。オルトスによる断片の壺も同様で、顎から人の腕を垂らした馬をヘーラクレースが掴む。

有翼の馬として描いた例も二点知られる。前5世紀初頭のマラトンの絵師による白地レキュトスでは、四頭の有翼の馬の一頭をヘーラクレースが首で組み伏せる。前500年頃のスカラベ——エトルリア製の可能性がある——にも、後脚立ちの有翼の馬に挟まれたヘーラクレースが現れる。文献に翼の記述はなく、図像の側だけが伝える細部である。

本項に掲げたのは、スペインのリリア出土のローマ期モザイク「十二の功業」(3世紀前半、マドリード国立考古学博物館)の一場面である。ローマ期には十二功業を一組として並べる図像形式が定着し、この功業もその一齣として繰り返し表された。ペルゲ出土のローマ石棺(ローマ石棺)にも、クレータの牡牛、アマゾーンの帯、ゲーリュオーンの牛、ケルベロスと並んで刻まれている。

関係する神格・退治した英雄

飼い主はトラーキアのディオメーデース。討ったのはヘーラクレース、命じたのはエウリュステウス。犠牲となったのはアブデーロスである。ヘーラクレースの功業のうち獣を相手にするものはネメアーの獅子ヒュドラーエリュマントスの猪など多いが、人間の飼い主がいて、その飼い主を殺すことで解決する例はこの一件だけである。獣の凶暴さが、飼い主の悪徳に由来しているからである。

文化的足跡

ギュスターヴ・モロー《自らの馬に喰われるディオメーデース》(1865年、ルーアン美術館)は、この主題を近代絵画に定着させた。飼い主が自らの飼った馬に食われるという構図は、暴政の寓意として読まれてきた。エミール・コール『ヘラクレスの十二の功業』(1910年)をはじめ、初期の映画もこの功業を取り上げている。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q1048023 — 骨格データの出典
Commons
Mares of Diomedes — 図像カテゴリ