アブデーロス
アブデロス · Abdēros · Abderus
ヘーラクレースに仕えた少年。人喰い馬の番を任されて殺され、その墓のかたわらに都市アブデーラが建てられた。
解説
概要
アブデーロス(Ἄβδηρος / Abderus)は、ヘーラクレースに仕えた少年である。ロクリス地方の都市オプースの出身と伝えられる。トラーキアのディオメーデースの人喰い馬を捕らえる冒険に同行し、馬の番を任されて命を落とした。トラーキアの都市アブデーラは、その名に由来する。
英雄の功業に付き従って死ぬ少年という型に属し、ヘーラクレースをめぐる物語ではヒュラースと並ぶ位置にある。
神話・物語
系譜は定まらない。ピンダロスはポセイドーンとナーイアスのトローニアーの子とし、アポロドーロスはヘルメースの子とする。パトロクロスの兄弟、すなわちメノイティオスの子とする説や、エリノスの子とする説もある。神の子とされながら、どの神の子かが揺れている。
アポロドーロスによれば、ヘーラクレースはトラーキアまで航海し、馬丁たちを力で従わせて馬を海岸へ引いて行った。追ってきたディオメーデース王とビストーン人の軍勢と戦うあいだ、アブデーロスに馬の番を任せる。だが少年は人喰い馬を押さえきれず、大地を引きずられて死んだ。ヘーラクレースは王を殺すと少年を葬り、その墓の近くにアブデーラ市を建てた。
死に方は伝えによって異なる。引きずられて死んだとするアポロドーロスに対し、馬に食い殺されたとする伝えのほうが一般的である。ピロストラトスは、食い殺された少年の亡骸をヘーラクレースが馬から奪い返したと語る。12世紀のツェツェースは、ヘーラクレースがディオメーデースと戦っているあいだにアブデーロスが引き裂かれて食われたので、彼のためにアブデーラを建てたとする。ヒュギーヌスに至っては、ヘーラクレースがディオメーデースと人喰い馬もろともにアブデーロスを殺したことになっており、さらに別の異説ではテーセウスに殺されたとされる。同じ少年の死が、これほど多様に語られている例は珍しい。
英語圏の資料は、この少年をヘーラクレースのエローメノス(年少の愛人)と記すことが多い。古代の資料でその関係を明示するものは限られ、都市の創建譚に英雄と少年の結びつきが読み込まれた面もある。
図像と象徴
アブデーロスを名指した古代の作例は知られていない。人喰い馬の図像は、ヘーラクレースと馬、あるいは馬に食われる王を描くのであって、少年が主題となることはなかった。
ただし、前6世紀末のプシアクスやオルトスの壺で、馬が口にくわえた人間の頭や腕は、しばしばこの少年のものと解釈されてきた。名を欠くため確定はできず、王の遺体とも、名も知られぬ犠牲者とも読める。本項では主画像を置いていない。
系譜と関係
父についてはポセイドーン、ヘルメース、メノイティオス、エリノスと諸説ある。ヘーラクレースの従者。彼を殺した人喰い馬と、その飼い主ディオメーデースが物語の相手役にあたる。
文化的足跡
アブデーラはのちに、原子論を唱えたデーモクリトスと、その師レウキッポスを生んだ都市として知られるようになる。もっとも古代には「アブデーラ人」は愚か者の代名詞でもあり、その評判はヴィーラントの小説『アブデーラの人々』(1774年)まで受け継がれた。少年の墓に始まった都市が、哲学と愚昧の両方の名を負ったことになる。アブデーラでは彼を記念する競技会が催され、パウサニアースはその賞に馬車競走が含まれなかったと記す。少年を殺したのが馬だったからだという。