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マナサー
PLATE — मनसा
BHARATA · ヒンドゥー神話
मनसा

マナサー

マナサー・デーヴィー · ヴィシャハリー · パドマーヴァティー

14GTR / 大英博物館蔵(東インド、760年頃、1969,0115.1), CC0 CC0

蛇の毒を除く女神。ナーガ族に生まれ、聖仙ジャラトカールに嫁いでアースティカを産んだ。ベンガルでは独自の信仰と文学をもつ。

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解説

概要

マナサー(Manasā / मनसा)は、蛇を司るヒンドゥーの女神である。ナーガ族の女(ナーギニー)として生まれ、蛇王ヴァースキの妹、聖仙ジャラトカールの妻、蛇供祭を止めた聖仙アースティーカの母にあたる。蛇の毒を除く力をもつことからヴィシャハリー(毒を滅する者)と呼ばれ、ビハール、オリッサ、ベンガル、アッサムをはじめ北東インド一帯で、蛇咬みの予防と治癒、そして豊穣と繁栄を願って篤く祀られる。とりわけベンガルでは中世に独自の文学と信仰の体系を生んだ。

神話・物語

マハーバーラタ』における登場はごく簡潔で、そこではジャラトカールの名で呼ばれる。聖仙ジャラトカールは厳しい苦行を積み、生涯結婚しないと定めていた。あるとき、木から逆さに吊り下がる男たちに出会う。それは彼の祖霊であり、子が葬送の儀を行わぬために苦しみに落ちていた。彼らの勧めによって結婚を決めた聖仙に、ヴァースキが妹を差し出す。二人のあいだに生まれたアースティーカが祖霊を救い、さらにジャナメージャヤの蛇供祭を止めて蛇族の絶滅を防いだ。

プラーナ文献に至って、彼女は独立した女神として語られるようになる。マナサー(意より生まれた者)の名はここに由来し、聖仙カシュヤパの意から生まれた娘とされる。ベンガルのマンガル・カーヴィヤやアッサムの『パドマ・プラーナ』ではパドマーヴァティーと呼ばれ、シヴァの精が蓮(パドマ)の茎を伝って地下の蛇の国へ届いたことから生まれたと語られる。

地方伝承における物語は、拒絶と承認をめぐるものである。父シヴァに認められず、夫ジャラトカールに去られ、継母チャンディー(シヴァの妃、この文脈ではパールヴァティーと同一視される)に憎まれる。混血の出自ゆえに完全な神格を認められなかった彼女の目的は、女神としての権威を確立し、揺るがぬ人間の信者を得ることであった。信者には慈しみ深く、礼拝を拒む者には苛烈であると描かれる。ベンガルの『マナサー・マンガル』は、彼女の礼拝を拒んだ富商チャンドの一族と、蛇に咬まれて死んだ夫ラクシュミンダルを筏に乗せて天上まで運び生き返らせた妻ベフラーの物語を中心に据える。

図像と象徴

黄金色の肌をもつ美しい女性として表され、そのためガウリー(黄金の女)とも呼ばれる。赤い衣をまとい黄金の装身具を着け、四臂のうち右上手に法螺貝、左上手に蓮華を執り、左下手に蛇を持ち、右下手は無畏の印を示す。全身を蛇が覆い、蓮華座に坐すか蛇の上に立つ。頭上には七頭のコブラの鎌首が笠のように広がる。膝に子——アースティーカとされる——を抱く姿もある。乗騎は白鳥である。ベンガルでは夫ジャラトカールと並べて描かれることは少なく、代わりにベフラーとラクシュミンダルを伴う像がある。大英博物館が所蔵する760年頃の東インドの青銅像は、古い作例として知られる。

系譜と関係

『マハーバーラタ』の系譜では聖仙カシュヤパとカドゥルーの娘、すなわち千のナーガの一人とされ、シェーシャやヴァースキの妹にあたる。夫はジャラトカール、子はアースティーカ。ただし、この叙事詩のジャラトカールと、ベンガルで信仰されるマナサーを同一視できるかについては議論がある。バッタチャリヤは両者を別と見なしており、系譜上の接続は後代の整理によるとみる立場をとる。

起源をめぐる説も分かれる。バッタチャリヤとセンは南インドの非ヴェーダ的な蛇の女神——カンナダ地方のマネ・マンチャンマ、ナーガンマなど——との関係を指摘し、もとは部族社会の女神であったとする。ディモックは、蛇信仰そのものはヴェーダにも見えるが、人格をもつ蛇の女神としてのマナサーは初期ヒンドゥーにほとんど基盤をもたないと述べる。毒を癒す大乗仏教の女神ジャーングリーの影響を挙げる説もあり、白鳥の乗騎と「毒を滅する者」という形容を共有する点が根拠とされる。

文化的足跡

14世紀までに彼女は豊穣と婚姻儀礼の女神と位置づけられ、シヴァ派の体系に取り込まれた。シヴァが毒を飲んだとき彼を救ったのは彼女であるとする神話が現れ、「毒を除く者」として讃えられる。信仰は南インドへも広がり、その勢いはシヴァ派と競うほどになったため、シヴァ派の側は彼女をシヴァの娘とする説話を生み、みずからの体系へ迎え入れた。ヴァースデーヴが指摘するように、ベンガルのマナサー物語はシヴァ派と女神中心のシャークタ派の競合を映しているとも読める。

ベンガルとアッサムでは、蛇咬みの多い雨季に彼女の祭が営まれる。『マナサー・マンガル』は15世紀以降に多くの詩人によって編まれ、中世ベンガル語文学を代表する一群をなす。神が信者を獲得しようとして人間と争うという筋立ては、ヒンドゥーの神話文学のなかでも異色であり、周縁の女神が正統の体系へ参入してゆく過程そのものを物語化したものとして論じられてきた。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q1518806 — 骨格データの出典
Commons
Manasa — 図像カテゴリ