ガヨーマルト
ガヨー・マルタン · ガヨーマルド · ガユーマルト
イラン神話における最初の人間。名は「死すべき生」を意味する。アンラ・マンユに倒されたその身体から金属が、その精から人類の祖が生じたと伝えられる。
解説
概要
ガヨーマルト(Gayōmart)は、イラン神話に語られる最初の人間である。ガヨーマルトは中期ペルシア語の形で、アヴェスターではガヨー・マルタン(gayō.marətan)、『シャー・ナーメ』ではカユーマルスと呼ばれる。名は「死すべき生」あるいは「死につつある命」の意で、生と死をひとつの語のうちに抱えている。
神話・物語
アフラ・マズダーが物質の世界を創ったとき、原初の牛とともに造られたのがこの存在である。その体は金属でできていた。三千年のあいだ霊としてあり、のちに十五歳の若者の姿をとって三十年を生きた。
アンラ・マンユが世界を襲い、動植物を害し、ガヨーマルトにも毒を及ぼす。斃れるとき、その精は放たれた。『ブンダヒシュン』は、その三分の二を使者ナイリヨーサンハが、残る三分の一を大地スプンタ・アールマティが受け止めたと伝える。四十年ののち、そこから大黄の潅木が生え、それが男と女の形に分かれる。人類の祖マシュヤグとマシュヤーナグである。ともに殺された原初の牛の精からは、さまざまな穀物と薬草が生じた。そしてガヨーマルトの遺体は、七種の金属になったという。
死が世界に入る場面が、同時に有用なものが生まれる場面でもある。原初の存在を分割して世界の素材とするこの型は、北欧のユミルやヴェーダのプルシャにも見られ、印欧の古い神話素として比較されてきた。ただしガヨーマルトの場合、分割するのは神ではなく、悪の攻撃がその役を果たしている点が異なる。
図像と象徴
この存在を表した古代の造形は伝わらない。本サイトが主画像を掲げないのはこのためである。
姿を得るのは『シャー・ナーメ』のカユーマルスにおいてで、そこでは豹の皮をまとい、獣を従えて山に住む最初の王として描かれる。サファヴィー朝のシャー・タフマースブ本に収められたスルターン・ムハンマドの《カユーマルスの宮廷》は、ペルシア細密画の最高峰に数えられる一葉である。ただしこれは叙事詩の王の像であって、ゾロアスター教文献が語る原初の人の像ではない。本項は両者を分けて扱う。
系譜と関係
子はマシュヤグとマシュヤーナグ。その精を受けたのはスプンタ・アールマティであり、大地が母の役を担う。原初の牛ガウ・アエーウォーダータと対をなし、二者の死からそれぞれ人と植物が生じるという対称が組まれている。『シャー・ナーメ』はカユーマルスをピーシュダード朝の初代の王とし、フーシャング、タフムーラスと続いてジャムシードが四代目にあたる。
文化的足跡
原初の人が死んで世界の素材となるという物語は、マニ教の原人(初人)の観念にも影を落としたと論じられている。イランの伝承において、人類の歴史は王の系譜としてこの存在から語り起こされ、『シャー・ナーメ』の巻頭を占めることになった。