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フーシャング
PLATE — هوشنگ
PERSIA · ペルシア神話
هوشنگ

フーシャング

ホーシャング · ホーシュヤング · ハオシュヤンハ

The Metropolitan Museum of Art, CC0 CC0

イランの伝承に語られるピーシュダード朝の第二代の王。冶金と灌漑を人に与え、火を発見してサデ祭を創始したと伝えられる。

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解説

概要

フーシャング(ペルシア語 هوشنگ)は、『シャー・ナーメ』に語られる古代イランの第二代の王である。原型はアヴェスターのハオシュヤンハ(haošiiaŋha)で、その添え名パラダータ(「最初に置かれた者」)が、この王朝の名ピーシュダードの由来とされる。初代の王カユーマルス(ガヨーマルト)の孫にあたる。

神話・物語

父スィヤーマクは、アフリマンの子が率いる軍との戦いで殺された。フーシャングは祖父カユーマルスに育てられ、長じてその宰相を務める。父の仇を討ち、それを見届けた祖父が世を去ったのち、王位を継いだ。

四十年の治世のあいだに彼が人に与えたものは多い。冶金術を発明して鉄の農具を作り、灌漑を整え、家畜を飼い、毛皮を用いることを広めた。技術の起源をひとりの王に集めて語るこの構えは、次代のジャムシードにも受け継がれる。

もっとも知られるのは火の発見譚である。岩山で黒い蛇に出会った王が石を投げると、石は蛇に当たらず別の岩に当たり、火花が散った。火はこうして生まれた。王はこれを神からの贈り物として、その夜に大きな火を焚いて祝ったという。これがサデ祭の起こりとされる。火を得た経緯が、狙いの外れた一撃であったという点にこの説話の妙がある。

アヴェスターのハオシュヤンハは、魔神ダエーワの三分の二を討ったと讃えられる。叙事詩の文明の祖と、讃歌の魔の討伐者は、同じ名のもとにある。

図像と象徴

本サイトが主画像に掲げるのは、サファヴィー朝のシャー・タフマースブ本『シャー・ナーメ』の《サデ祭》(フォリオ22v、メトロポリタン美術館蔵)である。スルターン・ムハンマドの作とされる一葉で、緑の斜面に王と廷臣が坐し、中央には赤い焔が高く上がる。周囲の岩には人や獣の顔が隠され、鹿や山羊が斜面を横切り、木々の枝が画面の外へはみ出す。ペルシア細密画のなかでも屈指の名品に数えられる。

火の発見という場面に、これほど生き物を配した構図が選ばれていることは示唆的である。火は人だけのものではなく、山と獣を含む世界全体の出来事として描かれている。

系譜と関係

祖父はカユーマルス、父はスィヤーマク。子はタフムーラス、孫がジャムシードにあたる。より古い系譜では、マシュヤグとマシュヤーナグの子孫として位置づけられる。

文化的足跡

サデ祭は冬の中日に大きな火を焚く祭として、今日もイランのゾロアスター教徒によって行われている。祭の名は「百」を意味するとも、ノウルーズまでの日数に由来するとも説かれるが、定説はない。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q1638892 — 骨格データの出典
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Shahnameh of Shah Tahmasp — 図像カテゴリ