フッラ
フォラ · フォッラ · Fulla
フリッグに仕える女神。その櫃を持ち、履物を整え、秘密を託される。10世紀の古高ドイツ語「メルゼブルクの呪文」にフォラの名で現れる数少ない大陸ゲルマンの証言をもつ。
解説
概要
フッラ(Fulla、古高ドイツ語形フォラ Volla)は、北欧神話の女神。フリッグに仕え、その櫃を持ち、履物を整え、秘密を打ち明けられる立場にある。処女であり、髪を束ねずに垂らし、頭に黄金の帯を締めていると『ギュルヴィたぶらかし』は記す。
名はゲルマン祖語 *fullōn(「満ちていること、豊かさ」)に遡り、印欧祖語 *plh₁-nó-(「満たされた」)に連なる。サンスクリットの pūrṇá、リトアニア語 pìlnas と同じ語根である。
この女神が重要なのは、北欧の文献だけでなく、10世紀の古高ドイツ語の呪文にも名が現れる点にある。大陸ゲルマンと北欧の双方に痕跡を残す神格は多くない。
神話・物語
『ギュルヴィたぶらかし』第35章は十六柱のアーシュニュルを短く紹介し、フッラを五番目に置く。ゲフィオンと同じく処女であること、髪を垂らし黄金の帯を締めていること、フリッグの櫃(エスキ)を運び、履物を預かり、秘密を託されていることが挙げられる。仕える側の女神が名指しで数え上げられるのは、この体系では珍しい。
『古エッダ』の『グリームニルの歌』の散文序では、実際に働く姿が見える。フリッグは夫オーディンと、それぞれが目をかけている人間の器量をめぐって賭けをする。フリッグは侍女フッラをゲイルロズ王のもとへ遣わし、魔法使いが訪ねてくると警告させ、その者を見分ける手立てまで授けさせた。使いに立ち、助言を添えて帰る——短い場面だが、この女神が物語のなかで動く唯一の箇所である。
『ギュルヴィたぶらかし』第49章では、贈り物を受け取る側に回る。バルドルとナンナが死者の国に留め置かれたとき、ヘルモーズに託された品のうち、行き先が名指しされているのはオーディンへの腕輪ドラウプニル、フリッグへの亜麻の衣、そしてフッラへの黄金の指輪だけである。
図像と象徴
古い図像はない。本サイトが掲げるのは、W・ヴェーグナー『アースガルズと神々』の英語版(1902年)に載る一葉《フリッグと侍女たち》である。中央のフリッグが左手を指し示し、馬に乗ったグナーに使いを命じている。その右にいて、灰色の木の櫃を抱えているのがフッラにあたる。持物である櫃が明示された数少ない図である。
象徴として際立つのは、この女神が黄金と結びついている点である。ケニングでは黄金を「フッラの髪帯」と呼ぶ。10世紀のスカルド、エイヴィンド・スカルダスピッリルは「フッラの睫毛の野(額)に落ちる陽(黄金)が輝いた」と詠んだ。頭に締めた一本の帯が、詩の語彙としては黄金そのものを指す語になっている。
ルドルフ・シメクは、この点から慎重な読みを示す。バルドルがフッラに黄金の指輪を贈ったというスノッリの記述は、この女神がバルドル神話で何らかの役を担っていたことを示すのではなく、単に黄金との結びつきを言い換えたものにすぎないかもしれない、と。物語に見える細部が、実は詩の語彙の反映であるという可能性は、北欧神話を読むうえで常につきまとう。
関わる神格・伝承
仕える相手はフリッグ。フリッグを指すケニングに「フッラの女王」がある。同じくフリッグに仕える女神としてフリーンとグナーが挙げられる。
古高ドイツ語の「メルゼブルクの呪文」の一篇、いわゆる「馬の呪文」に、フォラ(Volla)の名が現れる。フォルとヴォーダンが森へ馬を進め、バルデルの子馬が脚を挫く。シントグント、その姉妹スンナ、フリーア、そしてフリーアの姉妹フォラが順に呪歌を唱え、最後にヴォーダンが唱えて骨が癒される。アンディ・オーチャードは、バルドルとフォラが同じ呪文に並んで現れることを興味深いと述べる。北欧でこの二柱を結びつけているのは、ヘルからの贈り物という一点だけだからである。
もっとも、この女神が何者かは分かっていない。シメクは、独立した神格であったのかもしれないし、フリッグあるいはフレイヤと同じものだったのかもしれないと述べる。ジョン・ナイト・ボストックは、フッラをフリッグのある側面が独立したものとみる。ヒルダ・エリス・デイヴィッドソンは、ゲフィオン、ゲルズ、フッラ、スカジといった女神たちを、北欧の古い時代には重要でありながら、スノッリが取材した頃にはほとんど記憶されていなかった存在の名残と考えた。
文化的足跡
フッラの名は、黄金を指す詩の語として生き続けた。物語をほとんど持たない神格が、語彙のなかでは確実な位置を占めている。
大陸側の証言があることの意味は大きい。「メルゼブルクの呪文」は、キリスト教化以前のゲルマンの神名を伝える数少ない文書であり、そこにフォラの名があるということは、この女神が13世紀アイスランドの著述家の創作ではないことを保証する。北欧の文献だけでは判断できない事柄を、大陸の一篇の呪文が支えている。