ジャール・プチーツァ
火の鳥 · ジャールプチーツァ · Жар-птица
ロシアの昔話に現れる黄金の鳥。羽根の一枚が部屋を照らすほどに輝き、王が息子たちに捕えよと命じる。神話の神格ではなく、昔話の宝物である。
解説
概要
ジャール・プチーツァ(Жар-пти́ца / Firebird)は、東スラヴの昔話に現れる黄金の鳥である。名は「熱の鳥」を意味し、ダーリの辞典は「羽根が熾火のように燃える鳥」と説明する。
スラヴ神話を扱うときに、この鳥には注意がいる。他の項目に挙げた森の主や家の精が、実際に信じられていた不浄なる力の一員であったのに対し、火の鳥は昔話(スカースカ)の登場物である。語り手も聞き手もそれを事実とは考えていない。神殿も祭日も禁忌もなく、あるのは物語のなかの役どころだけである。
登場する物語
筋書きはほぼ決まっている。王の庭の黄金の林檎が夜ごと盗まれる。見張った末の息子が、盗人は輝く鳥だと突きとめ、羽根を一枚つかむ。王は三人の息子にその鳥を捕えてこいと命じる。上の二人は失敗し、末子イワン王子が灰色狼の助けを得て旅に出る——ロシア民話集に収められた「イワン王子と火の鳥と灰色狼の物語」がその代表である。
この型は、国際的な昔話分類(ATU分類)で550番「黄金の鳥を求めて」と呼ばれ、ヨーロッパ各地に類話がある。エルショーフの韻文物語『せむしの小馬』(1834年)は、この筋を下敷きに火の鳥をロシア文学の常連にした。
火の鳥はつねに求められる側にいるとは限らない。主人公の母を「三十九の国の彼方」へさらう話もあり、その場合は火の蛇や火の馬鳥といった系統に近づく。
図像と象徴
羽根そのものが物語の装置である。一枚の羽根を暗い部屋に持ち込めば、無数の蝋燭を灯したように明るい——昔話はそう語る。人の目を射るほどに輝き、だからこそ手に入れがたく、だからこそ王が欲しがる。
黄金という色には理由がある。この鳥は三十番目の国から来る。昔話において、その異界のものはみな黄金だからである。黄金の林檎、黄金の籠、黄金のたてがみの馬、そして火の鳥。魔法の馬シフカ=ブールカの名が毛色でできているのも、同じ発想の裏返しである。色がそのまま出自の徴になっている。
19世紀の神話学者たちは、この鳥を火と光と太陽の化身と読んだ。ロシア民話集を編んだアファナーシエフがその代表である。しかしペレツは早くからこの読みの恣意性を指摘し、むしろ中世の『フィシオログス』を通じて西欧にもロシアにも広まった不死鳥フェニックスの物語との近さを見た。太陽神話としての解釈は、現在では慎重に扱われている。
視覚的な像を決定づけたのはイヴァン・ビリービンである。本ページに掲げた1899年の挿絵をはじめ、その様式化された孔雀めいた尾羽が、以後の火の鳥の姿をほぼ規定した。
関わる伝承
同じ「輝く鳥」の系譜に、スロヴァキアの火の鳥、そして西スラヴの火の精ラローグがある。シリンやアルコノスト、ガマユンといった楽園の鳥とは層が違う——あちらはビザンツと東方の書物から来て信仰と紋章に入り、こちらは昔話のなかで宝物として扱われる。
フェニックスとの関係は古くから論じられてきた。ただし火の鳥は灰から甦らない。再生の象徴ではなく、あくまで到達しがたい宝である。似ているのは輝きだけで、担っている役割は違う。
文化的足跡
火の鳥を世界のものにしたのはバレエである。1910年、ディアギレフのロシア・バレエ団がパリで初演したストラヴィンスキーの《火の鳥》は、この鳥の名を西欧に定着させた。台本はイワン王子と不死身のコシチェイの物語を組み合わせたもので、原話そのままではない。ビリービン、ヴァスネツォフ、ゴンチャロワらの挿絵と舞台美術がその像を補強した。
今日、火の鳥はロシア文化を代表する意匠の一つである。2009年にモスクワで開かれた歌の祭典の徽章にも用いられた。ただしその輝かしさは、昔話が本来もっていた「手に入らないものを追う」という筋立てからは、いくらか離れたところにある。