シリン
シーリン · スィリン · Сирин
ロシアの伝承に伝わる、女の頭と鳥の体をもつ楽園の鳥。ギリシアのセイレーンに名を発し、その歌を聞いた者は地上のいっさいを忘れ、後を追って死ぬという。姉妹の鳥アルコノストと対に描かれる。
解説
概要
シリン(Сирин / Sirin)は、女の頭と鳥の体をもつ楽園の鳥である。名はギリシア語のセイレーン(Σειρῆνες)に発し、ビザンツを経てルーシに入った。スラヴ神話の神々とは出自が違い、民衆の口承ではなく書物を通じて伝わった「書物の伝承」に属する。10〜12世紀にはケルソネソスやキエフの陶器、金の垂飾、福音書写本の縁飾りに、すでにこの鳥女の姿が現れている。8〜9世紀にペルシア商人が持ち込んだとする見方もある。
姉妹とされるアルコノストと対で語られるのが常だが、両者を並べて記した現在知られる最も古い例は、ロシア・クロノグラフの1617年改訂本まで下る。
登場する物語
シリンについて語られるのは、ほとんど一つのことだけである。その歌を聞いてはならない。
近世のルボークに刷り込まれた銘文は端的である。人がその声を聞けば、思いを奪われて現世のいっさいを忘れ、鳥の後を追いつづけ、ついには倒れて死ぬ。それでもなお声を聞くことをやめない、と。インドの、楽園にほど近い地に現れるとされ、鷲よりも速く飛び去って二度と姿を見せないという。
この危険な性格は、17〜18世紀を通じて反転していく。楽園の近くに住むという一点が強調され、シリンは世界の調和と天上の喜びの徴となった。幸福な者だけがその歌を聞くことができ、姿を見た者はごく少ない——幸福そのものと同じく、捉えがたく速いからである、と語られるようになる。聖書解釈の側では二通りに読まれた。人の魂に入る神の言葉の比喩であるという読みと、弱き者を誘う異端の比喩であるという読みである。同じ鳥が、救いにも堕落にも当てられた。
民俗の暦にも一日だけ席がある。林檎の救世主祭の朝、シリンは林檎の園に飛来して悲しげに啼く。午後にアルコノストが来て笑い、翼から露を払う。その露を受けた木の実には癒しの力が宿るという。
図像と象徴
胸から上が人、そこから下が鳥。近世の版画では腕の代わりに翼が生え、頭のまわりに光輪が添えられる。ここまではアルコノストと変わらない。両者を見分ける徴は冠にある。ルボークの慣例では、アルコノストが王冠を戴くのに対し、シリンは冠を持たず花輪(ヴェネツ)をつける。もっともこの区別は厳密ではなく、一枚の絵のなかで両者が融け合ってしまうこともあった。
図像の水脈は二つに分かれる。一つは石と金属の系統で、ウラジーミルやユーリエフ・ポリスキーの聖堂石彫、キエフやケルソネソスの垂飾に見られる、ビザンツ由来の格式ある鳥女である。もう一つは木と紙の系統で、糸車の板、櫃の蓋、そしてルボークに描かれた民衆の鳥である。後者は着彩が派手で、市や縁日で大量に売られた。この二つの水脈は交わらないまま並走し、20世紀以降もペルモゴーリエの木器彩画やカルゴポリの土笛のなかに、後者の系統が生き続けている。
関わる伝承
アルコノストとの対は、名の由来からして対をなす。アルコノストがカワセミに変えられたアルキュオネに、シリンがセイレーンに遡る。予言の鳥ガマユンを加えた三羽が、ロシアの楽園の鳥として並称される。地中海のセイレーンとは同じ源をもつが、行き着いた先は違う。船乗りを岩へ誘う海の怪物が、ルーシでは聖人に歌を捧げる楽園の鳥になった。地方によっては、南スラヴの水と森の乙女ヴィーラと同一視されることもある。
もう一つ、言葉の上の混同がこの鳥に思わぬ厚みを与えた。ロシア語で「シリン」は「シリア人」でもあり、教父エフレム・シリン(シリアのエフレム)の名がこの鳥と重なった。エフレムが讃歌の詩人であったことから、農民出身の詩人ニコライ・クリューエフらは「シリン」を詩人そのものの謂いとして用いている。
文化的足跡
ヴァスネツォフが1896年に描いた《シリンとアルコノスト——歓喜と悲嘆の歌》は、この一対を近代美術の主題に押し上げた。ブロークは同じ絵から詩「シリンとアルコノスト」を書いている。ウラジーミル・ナボコフが亡命期のベルリンで用いた筆名も「シリン」であった。歌を聞いた者が現世を忘れるという鳥の名を、故国を失った作家が選んだことになる。ヴィソツキーやグレベンシコフの歌にも名が現れ、1979年に開業したモスクワ地下鉄ペローヴォ駅の石彫パネルには、幸福の象徴としてこの鳥が刻まれている。近年はゲームや音楽の題材としても取り上げられている。