カタ
カウタ · カウ · catha
エトルリアの女神。ピュルギの聖域に祀られ「太陽の娘」と呼ばれた。太陽の神か月の神かは今も定まらない。
解説
概要
カタ(エトルリア語 catha、カウタ、カウとも綴られる)は、エトルリア神話の女神である。ピュルギの南聖域の主神であり、シュリ(ラテン名ソーラーヌス)と祭祀を共にした。光と天の神々に数えられる一方、冥界との結びつきも認められる。太陽の神なのか月の神なのか、いまだ決着していない。
神話・物語
神話は伝わらない。この女神について知られることは、ほぼすべて碑文から来ている。
ピュルギからは、前530年から前520年ごろのカタへ奉献された金の耳飾りが出土した。タルクィニアのラリス・プレナスの石棺(前3世紀)の碑文は、この人物が数ある肩書のなかにカタの祭司であったことを記す。ピアチェンツァの肝臓では、右葉の、光と天の神々を並べた区画に名が現れる。国家の祭祀の対象であったことが分かる。
冥界との関わりも碑文が示す。サン・チェルボーネの墓地から出た前5世紀のアッティカ産スキュポスには、カタへの奉献が記されていた。マリアーノの鉛板では、冒頭にカウタの名が置かれ、村の祭司が年ごとに奉献を行うべきことが定められている。
碑文はしばしばこの女神を単に「娘」と呼ぶ。マルティアヌス・カペッラは「太陽の娘」の語を伝えている。
図像と象徴
名を伴う確実な図像は一点も知られていない。本項に主画像を掲げていないのは、この事情による。ピュルギ出土の前4世紀のテラコッタの頭部はしばしばこの女神と結びつけられるが、レウコテアーとする説も並び立ち、同定は定まっていない。
ナンシー・デ・グラモンドは、名を欠く図像のうちいくつかをカタと見る。アシャーノ出土の前350年から前300年ごろのクラテールには、四頭ではなく二頭の馬を従えた神格が描かれ、死者を運ぶ含みが読み取れるという。ピュルギの二十房建物の軒瓦(アンテフィクス)にも二頭立ての神が現れ、対をなす別の軒瓦が太陽の神格——おそらくシュリ——を表すことが、その同定の支えとされる。いずれも銘によらない同定であり、確実とは言えない。
系譜と関係
シュリと祭祀を共にする女神として現れる。ほかに葡萄酒の神フフルンス、そのローマ名パハとの組み合わせも知られ、ピュルギではアプル(ギリシアのアポローンにあたる)とも結ばれる。ジョヴァンニ・コロンナは、シュリをディス・パテルに対応させる立場から、カタをペルセポネーに相当する女神と見た。
太陽か月かをめぐる議論は、この対の理解と絡み合っている。デ・グラモンドは、「太陽の娘」と呼ばれることが太陽神であることを意味しないと指摘する。ギリシアの月の女神セレーネーもまた太陽の娘と呼ばれることがあり、二頭立ての車はルーナやセレーネーの標識でもある。そもそもシュリが太陽の神であるなら、その対となる女神は月であるほうが理屈に合う、というのが彼女の論である。ピアチェンツァの肝臓でウシル(太陽)の上に置かれていることを根拠に太陽神と見る立場と、いまも並んでいる。
文化的足跡
カタは、エトルリア宗教研究の難しさを凝縮した存在である。国家の祭祀を受け、石棺の碑文に祭司の名が刻まれ、肝臓模型に位置を与えられていながら、姿も、司る天体すらも確定しない。文献を持たない宗教を碑文と図像だけから復元するという作業の限界が、ここにはっきり現れている。